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検証 KANSAI発 娯楽文化<カラオケ>の歩み 第2回 <ハード、ソフトの進化―その①> [カラオケ]

カラオケ連載2パイオニアLD-V10.jpg◆カラオケらしきモノが市場に出たのは1970年初頭といわれている。そのカラオケが、30年足らずで8000億円産業に迫る勢いで成長したことを語るには、ハード(機器)とソフトの普及、進化について触れなくてはいけないだろう。


写真 = 上 = 1982(昭和57)年、パイオニアから発売されたレーザーディスクカラオケLD-V10 ~全国カラオケ事業者協会(JKA)10周年記念誌から~


 カラオケが世に出て3年後の73年頃には、早くもビジネスとしての真価が問われるメディアとして注目を集め出している。以降、専業メーカーに加え、家電・音響メーカーもこの業界に相次ぎ参入し、カラオケメーカーは一気に増加していった。
 成長期に当たる70年代後半から80年代にかけて、その数は40社とも50社ともいわれた。そのため販売競争も自然と熾烈になった。


 記者時代に全国から約20社のカラオケ企業のトップを集めて開いた座談会で、カラオケ業界の将来展望などについて意見を交わしてもらったことがある。
 当時はまだ、カラオケが一般に余り知られていない時代だった。しかし、出席者の多さと、熱のこもった意見交換に「将来は必ず大きなビジネスになる」と、予感がしたことを今も覚えている。

◆前置きが長くなったが、ハードの進化はまさに日進月歩である。
 これほど急速に技術革新が進んだのは異例であろう。この間、新規参入のメーカーや既存メーカーからの相次ぐ新製品の登場で、業界は活気に満ち溢れた。

映像カラオケの時代


 8トラックカラオケに始まりカセットテープ式など約10年続いたテープ時代から、80年代に入るとカラオケのスタイルを一新する技術が登場した。
 業界に新風を巻き起こしたのは”絵の出るカラオケ”、つまり「映像カラオケ」(レーザーディスク/VHDディスク/CD)の登場だった。

 それまではテープのカラオケに合わせて歌詞カードを見ながらの熱唱が一般的だった。
 それが映像カラオケの登場によって、画面に背景画像や歌詞のテロップが流れ、モニターの画面を見ながら歌えるようになった。
 歌詞カードはいらなくなり、メーカーにとってはコストダウンにも一役買った。当時、映像カラオケの主役になったのはレーザーカラオケだった。82年に業界に先駆けてパイオニアが業務用として発売している。翌83年には日本ビクターがVHDカラオケを発売した。

 ハードの普及に遅れをとるまいとレコード会社や映画会社がソフトを矢継ぎ早に発売したのもこの時期だった。
 とくにコンテンツを豊富に持つ映画会社からはシリーズ物が相次いだ。石原裕次郎のオリジナル曲には、裕次郎が出演する映画の場面を背景画像に使用して雰囲気を盛り上げた。

 また、アダルト向きにと、お色気シリーズといったものも登場して話題を呼んだ。
 ともあれ、カラオケはハードとソフトの進化で常に時代を先取りしてきた。
 これからまた新たに画期的な商品が登場するのか、今のスタイルを踏襲しながら進化を続けるのか。興味深く見守っていきたい。


by 音楽プロデューサー・おかもとかねまる





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オカジュン765

いつも訪問ありがとうございます。でも申し訳ないのですが、日本の曲に全く興味がありませんので、コメントできず申し訳ございません。
by オカジュン765 (2011-01-05 11:25) 

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