渡辺要物語 第13回 生い立ち(1) [半生記]
◆日本クラウンの歌手、渡辺要は1944(昭和19)年11月23日、香川県木田郡西植田村で、農家の野中松太郎と母ミノルの間で8人兄姉の末っ子として生まれている。両親は従兄妹どうしであったという。母親は教員一家の家庭に育ったこともあって、農作業は慣れない仕事だった。渡辺要は本名であるが、両親と名字が違う。これには少々事情がある。元妻の千恵子と結婚する際に、長女でひとりっ子だった妻の姓を名乗ることにしたのである。決して養子として渡辺家へ入るというものではなかった。彼の千恵子への優しさの表れのようでもあった。
レギュラー出演するテレビ番組「歌に恋して」で司会をする藤井加奈子(右)と
末っ子ということもあって、小さなころから甘やかされて育てられた渡辺は、田んぼの中を走り回って遊んでいた。ところが農繁期ともなれば、遊んでばかりはいられない。親の農作業を手伝わされることはなかったが、もっぱら兄や姉の子供を背負って子守りを任されていた。父親たちが農作業をするかたわらで、泣きじゃくる赤ん坊をあやすのである。
遊びたい盛りの6歳の小さな子が、赤ん坊の面倒を見るのであるから、背中で泣き始めると彼も一緒になって泣き出すといった具合で、子守は嫌で嫌で仕方なかった。それだから「甥っ子や姪っ子を可愛いと思ったことがない」といい、子供が嫌いになった理由も、この頃の経験があるからである。
腕白な割に照れ屋だった要は、学校では絵を描いたり歌を歌うのが得意だったという。教師が弾くオルガンに合わせて歌うと、大きな声が出るとか、歌が上手いといっては褒められていた。町ののど自慢では優勝しては賞品をもらっていたという。
通っていた西植田村立小学校(現・高松市立西植田小学校)までは8キロもあり、1年の時には家の近くにあったお寺が分教場で、そこで勉強をした。2年に進級すると本校へ通ったが、この頃にはいろんな思い出があるという。
中でも忘れられないのが、家が貧乏だったということである。家族が食べるだけのの米や野菜を作るだけの俗に言う三反農家で、小学校の制服も買ってもらえず、冬も白いシャツ1枚で通っていた。
貧乏だったが中学へ進むと、別世界へ行けると信じていた。「自由に生きて天下を取るぞ」と、子供ながらにそんな大そうな夢を描いていた。母親も外へ働きに行くようになり、収入も少しずつ増えていたようである。
その頃、長嶋茂雄が読売巨人軍に入団した、というニュースが田舎の村でも持ちきりだった。要は父親が「長嶋の入団支度金が300万円だったそうな」と、よく口にしていたのを覚えている。
それに刺激されて「俺も野球をやって親父を喜ばせてやろう」と、中学に入るとすぐに野球部に入部している。しかし長続きしなかった。わずか1ヶ月で退部したのである。
最初はボール拾いであるが、先輩が投げるボール手がひらに響き痛くて仕方がなかった。これは堪らんと、支度金300万円の夢などすっかり忘れて、さっさっさと辞めてしまったのである。
次に入ったのがバスケット部。背が高くなると思ったからだった。部長に引き立てられて副部長にまでなったが、卒業まで続かずに辞めている。
「渡辺要物語 歌は心の港」第13回
https://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-12-07
「渡辺要物語 歌は心の港」第12回
https://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-09-28
「渡辺要物語 歌は心の港」第11回
https://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-09-26
「渡辺要物語 歌は心の港」第10回
https://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-09-21
「渡辺要物語 歌は心の港」第9回
https://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-09-19
「渡辺要物語 歌は心の港」第8回
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-04-27
「渡辺要物語 歌は心の港」第7回
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-04-25
「渡辺要物語 歌は心の港」第6回
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-04-24
「渡辺要物語 歌は心の港」第5回 四国1番の鮨店になる
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-09
「渡辺要物語 歌は心の港」 第4回 名物穴子鮨
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-04
「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-03
「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」 プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23
レギュラー出演するテレビ番組「歌に恋して」で司会をする藤井加奈子(右)と
末っ子ということもあって、小さなころから甘やかされて育てられた渡辺は、田んぼの中を走り回って遊んでいた。ところが農繁期ともなれば、遊んでばかりはいられない。親の農作業を手伝わされることはなかったが、もっぱら兄や姉の子供を背負って子守りを任されていた。父親たちが農作業をするかたわらで、泣きじゃくる赤ん坊をあやすのである。
遊びたい盛りの6歳の小さな子が、赤ん坊の面倒を見るのであるから、背中で泣き始めると彼も一緒になって泣き出すといった具合で、子守は嫌で嫌で仕方なかった。それだから「甥っ子や姪っ子を可愛いと思ったことがない」といい、子供が嫌いになった理由も、この頃の経験があるからである。
腕白な割に照れ屋だった要は、学校では絵を描いたり歌を歌うのが得意だったという。教師が弾くオルガンに合わせて歌うと、大きな声が出るとか、歌が上手いといっては褒められていた。町ののど自慢では優勝しては賞品をもらっていたという。
通っていた西植田村立小学校(現・高松市立西植田小学校)までは8キロもあり、1年の時には家の近くにあったお寺が分教場で、そこで勉強をした。2年に進級すると本校へ通ったが、この頃にはいろんな思い出があるという。
中でも忘れられないのが、家が貧乏だったということである。家族が食べるだけのの米や野菜を作るだけの俗に言う三反農家で、小学校の制服も買ってもらえず、冬も白いシャツ1枚で通っていた。
貧乏だったが中学へ進むと、別世界へ行けると信じていた。「自由に生きて天下を取るぞ」と、子供ながらにそんな大そうな夢を描いていた。母親も外へ働きに行くようになり、収入も少しずつ増えていたようである。
その頃、長嶋茂雄が読売巨人軍に入団した、というニュースが田舎の村でも持ちきりだった。要は父親が「長嶋の入団支度金が300万円だったそうな」と、よく口にしていたのを覚えている。
それに刺激されて「俺も野球をやって親父を喜ばせてやろう」と、中学に入るとすぐに野球部に入部している。しかし長続きしなかった。わずか1ヶ月で退部したのである。
最初はボール拾いであるが、先輩が投げるボール手がひらに響き痛くて仕方がなかった。これは堪らんと、支度金300万円の夢などすっかり忘れて、さっさっさと辞めてしまったのである。
次に入ったのがバスケット部。背が高くなると思ったからだった。部長に引き立てられて副部長にまでなったが、卒業まで続かずに辞めている。
「渡辺要物語 歌は心の港」第13回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第12回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第11回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第10回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第9回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第8回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第7回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第6回
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「渡辺要物語 歌は心の港」第5回 四国1番の鮨店になる
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「渡辺要物語 歌は心の港」 第4回 名物穴子鮨
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「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ
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「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
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「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
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「渡辺要物語 歌は心の港」 プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23