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美山京子(日本クラウン)、沢山の人に歌を聴いてもらいたい 夢はトラックで地方巡業 [インタビュー]

◆サンテレビで放送中の「プレミアム歌謡ショー」の顔でもある歌手、美山京子は1990(平成2)年のデビューというから、今年で31年目のベテランである。それにも関わらずステージに立つたびに「今日がスタートです。皆さんと一緒に笑って楽しく過ごそうと心がけています」と、デビュー当時と変わらない気持ちで臨んでいる。

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美山京子


 「涙声」(キングレコード)で歌手デビューしている。2013年に出した「垂水の人よ」は、発売1年で1万枚を売ったという。いつも明るく笑顔を振りまき、屈託のない姿を見せる。
 ところがステージで見せる笑顔とは裏腹に、6年目の1996年に癌と診断され、20数年に渡って治療を続けているのである。腫れ物の神様として知られる東大阪市にある石切さん(石切劔箭神社)へ、毎月通うようになったのも、病気平癒を願ってのもである。

 「ひとりっ子だったこともあって、それまではわがままに過ごしていたんですが、病気になって他人の痛みが分かるようになり、手を差し伸べやすくなりました。毎月のお詣りではパワーをもらって帰ってくるんですよ」

 兵庫県柏原町(現・丹波市)の出身で、小学校の教室で美空ひばりの歌を歌う人気者だった。歌好きの少女であったが、田舎に住む子供にとって歌手は「外国へ行くようなものだったし、不良娘扱いされかねない時代でした」という。それでも諦めずに思い続けて夢を実現させることになる。

 デビューして23年目の13年に出した「垂水の人よ」は、初めて作曲家水森英夫に作曲を依頼した作品であった。それが1年で販売枚数1万枚を達成する記録を樹立し、自身の代表曲にしたのである。これを記念して、水森を招いてパーティーを開いたほどである。
 16年にはやはり水森の作品の「女の人生夢舞台」をリリースしているが、こちらはYouTubeの再生回数が46万9千回を超えるまでになっており、もうひとつの代表曲になっている。最新曲の「おかめひょっとこ夫婦道」(2018年)もまた水森作曲の作品である。

 憧れの歌手になって30年を超えた今、「どんどん地方へ出かけて歌っていきたい」と夢を語る。
「歌手仲間と一緒にトラックに乗って出前歌謡ショーを各地で開いて、子供たちをはじめ皆んなに楽しんでもらいたいんです」
 歌謡ショーなんて無縁な土地で、トラックの荷台をステージにして歌う。聴いてもらった人たちの心に歌が刻まれる、そんな日を夢見ている。

写真・記事の無断使用はお断りします。


[美山京子 オフィシャルサイト]
http://www.office-miyama-kobe.com/index.html








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