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水田かおり(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「人生夢灯り」  デビュー25周年記念作品  多くのファン支えられて歌う [インタビュー]

水田かおり.jpg◆デビュー25周年を迎えている徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、水田かおりが2018年2月7日に新曲「人生夢灯り」を出した。3番にある ♪ 苦労する為 生まれた人が どこにいますか 〜 の歌詞が1番好き、という水田の25年の歌手人生を振り返って作られた応援歌である。水田は「今まで大ヒットもなく来ていますが、長く歌ってこられたのは、下積み時代から応援してくれる人たちがたくさんいるから」と、新たな気持ちで次の一歩を踏み出している。


水田かおり・人生夢灯り.jpg









 新曲「人生夢灯り」の関西キャンペーン初日の2018年2月22日、京都駅からラジオ局へ向かうタクシーで60代と思える運転手から「水田さんですか。新曲を出されたんですよね」と話しかけられ、水田かおりは25年のベテランにもかかわらず、思わぬ声がけに感極まってしまった。そのうれしさを抱えたまま番組に出演した。

水田かおり3.jpg 25年の間には沖縄県を除く全都道府県をキャンペーンで訪ね歩いている。それが津々浦々に水田のファンを作ってきた。運転手もそんな1人だったのかもしれない。

 徳間ジャパンに移籍して第1弾の「霧笛の波止場」(1998年)を出して間もなく、カラオケ喫茶店などへの1000ヶ所訪問キャンペーンを始めた。それは3年で達成したが、その時に訪ねた先のひとつに今の兵庫県南あわじ市があった。淡路島南端に位置する。その時に知り合ったのが、当時はまだ作詞家志望の長山たかのりだった。

 長山は2006年に水田の「明日舟」のカップリング曲「冬桟橋」で作詞家デビューを果たす。その後も彼女の最大のヒット曲となった「東京砂漠に咲いた花」をはじめ、同曲の続編で今作のカップリング曲「もう一度・東京(ニューボーカル)」などを手がけている。


 こんなこともあって関西・淡路島はいつのまにか、水田にとっては「第2のふる里」になってしまった。

 訪問キャンペーンはその後も続き、マネージャーが運転する車で全国を移動して5、6年続いた。「1日に6ヶ所を回って声を潰したこともありましたし、その間に2000ヶ所以上のお店などを訪ねましたね」。

 水田の下積み時代の話である。

■25周年を新たな一歩に

 「人生夢灯り」は徳間ジャパンに移籍して19枚目のシングルである。水田の周辺から話を聞いたたきのえいじが詞を書いた。作曲は影山時則、編曲は丸山雅仁である。去年秋口にほぼ内容が決まって、急ピッチで制作が進められた。

水田かおり2.jpg

 2012年に出した歌謡曲「東京砂漠に咲いた花」は、水田の全作品の中でも最もたくさん売れたが、今作は「記念曲には人生の応援歌が相応しい」と演歌にした。
 カップリングの「もう一度・東京」は2016年に出したアルバム「全曲集 〜 明日舟 〜 」に収録された楽曲を新録音したものである。

 これら新曲は2018年2月23日、大阪・今福のイズミヤ今福店でのキャンペーでも披露したが、水田のアマチュア無線仲間も応援に駆けつけるなど、電波女子ぶりも振りまいていた。

 水田は「今年、地元茨城と東京で記念コンサートを開きたかったが、延期しました。25周年を新たな一歩として大きく羽ばたいて行きたいです」と話していた。





[水田かおり オフィシャルサイト]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/mita.html
[水田かおり 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.fmpalulun.co.jp/mitakaori/






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