◆先日、友人と「大阪ではどこの店が演歌(CD、カセット)の商品を数多く揃えているのだろうか」―なんて下世話な会話をしていたのだが、大阪・天満のあこや楽器店(大阪市北区天神橋4)の店頭には<演歌一番店>の看板が掲げてあった。野村茂夫社長が墨書したものである。


 野村社長は86歳である。常々「ミリオンセラーは演歌にある」と話している。時代が変わっても売れるのは演歌である、ということを指しているのだ。
 演歌一番店らしい発言ではあるが、中でも美空ひばりの「悲しい酒」と岡晴夫の「憧れのハワイ航路」は、記憶に残る名曲だという。

 いずれも作詞家の石本美由起の作品である。石本は2009年5月27日に他界しているが、野村社長とは同い年だ。
 野村が大阪府レコード商組合連合会の組合長時代から始めた関西演歌大賞(現在の関西歌謡大賞の前身)では「長く審査委員長を務めてもらった」といった関係だ。





 「悲しい酒」は、石本美由起が作詞し、古賀政男の作曲で1966(昭和41)年に発売された。美空の代表曲だ。
 石本は常々、野村に「影を慕いてに負けない作品を書きたい」と話していたという。「影を―」は1931(昭和6)年1月に発表された古賀政男作詞・作曲の作品で、藤山一郎が歌って大ヒットしている。
 それを超す作品を作るんだ―という強い思いは、「悲しい酒」で結実し、憧れていた古賀政男が作曲をした。今では石本の代表曲だけではなく、昭和歌謡の名曲として語り継がれている。

 石本は広島県の瀬戸内の島の生まれだったという。
 いつも瀬戸内海を行き交う船を眺めて、思いにふけっていたとも言われている。

 瀬戸内を航く大阪と別府を結ぶ別府航路の船を見て書いたのが「憧れのハワイ航路」だったそうだ。その話を野村社長は「かつて石本さんから聞いた」と話している。
 石本が20歳の時の作品だ。これのヒットでキングレコードと専属契約を結んでプロの作詞家になっている。
 「憧れのハワイ航路」は1948(昭和23)年にキングレコードから発売された。

 いずれの曲も誰もが記憶している昭和歌謡であり、野村社長の言うところのミリオンセラーであろう。



[影を慕いて]
http://www.youtube.com/watch?v=0FspLxZIBss
http://www.youtube.com/watch?v=n699BwWjIn8&feature=related