◆ 市川由紀乃 = 写真・左 = は新曲「女の潮路」の発売前から休みなく仕事をこなしている。「歌い手生命を賭けている」からだという。
そんな力強い思いにもかかわらず、「女の潮路」では女の心情を淡々と歌っている。そこからは、北の港町にひとりたたずむ悲しげな女性の姿が浮かんでくる。
そうしたドラマ性もあってか、2010年10月27日の発売前から評判は高く、1週目にはオリコン誌演歌チャート1位につながった。初登場1位は、01年の「さいはて海峡」以来、約10年ぶりだという。
この曲をカラオケなどで歌っているのは女性が多いそうだ。しかし、各地のキャンペーンでは男性の姿がたくさん目に付くというのは、この曲ならではかもしれない。
「女の潮路」は、添えなかった男性への後悔の念を作詞家の麻こよみが女性の立場から描いた。男性では描けない、リアリティな女性心理が女性たちの共感を呼んだ。
そして男性には、計り知れない女性の心の内を初めて知らされる曲であったことが、関心の高さにつながっているのだろう。
歌はディレクターとの何気ない会話から生まれた。
「あの日、あの時、あの人と、こうしていたら自分の人生は違っていたのではないか。<そんなことって、あるよね>といった話をしている中から詞ができました」
そうした経験は誰にでもあるはず。
市川も、自らの人生においての経験も重ね合わせるところがあるという。が、曲の主人公とは距離を置いて歌っている。それがより説得力を高めているのだろう。
カップリングの「満ちては欠ける月」では、市川が本名の松村真利で詞を書いている。
最初にデモテープでメロディーを聴いた時に「詞を書いてみようかな」と、冗談半分で漏らした一言が、キングレコードのディレクターから「真剣に書いてほしい」と正式な依頼になった。
メロディーに言葉を乗せただけだったというが、それを読んだディレクターは「新曲のカップリングに使うから」という回答。
修正箇所を指摘されて、書き直しに挑んで出来あがったのが「満ちては欠ける月」であった。
「本を読んだり、文章を書くことは子どもの頃から好きだったんですが、歌詞を作るのは難しいですね。最初で最後でしょうね。でも自分の心の思いは、歌うよりも言葉を書くほうがより良く表現できると感じました」
発売日のイベントでの音合わせでは「歌えなければどうしよう、と緊張度は最高に高まりました」
それは初の作詞であったことはもちろんだが、詞の内容が一昨年に亡くなった兄への想いを綴ったものであったからだ。
歌の最後は ♪ふたりの今日(いま)と明日を 生きてゆく・・・ で締めくくられている。
「亡くなることが永遠の別れではないことを表現しました。生まれ変わっても兄の妹でいたい。この絆はこねからも強くなっていきます」
そんな気持ちを込めて書いた。兄は亡くなっても、ずっとそばにいるようだともいう。
♪・・・ で終わっているのも彼女ならでは。
「この先、どこかで再び兄と巡り合えるかもしれない、といった期待を持たせた」からだという。
水田竜子、小村美貴とのユニット<ビューティー・スルー>が話題になっている。
キングレコードが誇る美人演歌歌手3人組である。いずれもスタイルの良さで知られている。
そのユニットによるコンサートを、熊本を皮切りに福岡、名古屋、広島、埼玉など6都市で開いてきた。12月8日には大阪・御堂会館でも開催する。関西はビューティー・スルー誕生のきっかけとなった土地。昨年秋に兵庫県西宮市で行われた演歌ファッションショーで、初めてユニットを結成したのが最初だった。
ステージを重ねるごとに3人の結束力が高まっているという。
「コンサート開始前には必ず円陣を組んで<ガンバロー>と気合いを入れています」と市川。
1人で歌うのは自分との闘いであるが、3人が揃うことで互いに支えあうことができるのがいいところだという。3人を引っ張っている水田竜子を中心に、互いの絆を強めている。
「<女の旅路>が初登場1位になった時、2人から<おめでとう>といったメールが届きました。普段からメールのやり取りはありましたが、ユニットを組んでからはよりうれしさが増しますね。竜子ちゃんのコンサートが東京で行われた時、美貴ちゃんと観に行ったんですよ。ステージでの緊張感が、自分たちのことのように伝わってきました」
コンサートを重ねるごとに、ライバルを超えて力を合わせて一緒に伸びていこうという気持ちが高まっているという。ユニットを組んだ一番の収穫であるようだ。
大阪でのコンサートでは「台本なしのフリートークで進行させます。一緒に<大阪ラプソディ>など大阪の歌を歌うのが楽しみです」という。
11月12日には市川のふる里である埼玉県で開催している。今回は小村の地元である。「ぜひ竜子ちゃんの地元である北海道でも開きたいですね」
来年のキングレコードのカレンダーではビューティー・スルーとして登場することになっている。これからはグッズも作ってみたい、といった計画も立てている。
◆今年はどんな1年でした?
「充実した1年を過ごせました。市川としては2作も曲を出せましたし、ビューティー・スルーとしての活動もありましたし。いろんな体験ができました」
歌手として大ヒットへの潮路に乗ってきたようだ。
※2010年11月27日午後1時からは、大阪市城東区の恵比須堂今福店(イズミヤ今福店ピロティ)で、歌とサイン会を開いた。
[市川由紀乃 ぶろぐ]
http://ichikawayukino.seesaa.net/
そんな力強い思いにもかかわらず、「女の潮路」では女の心情を淡々と歌っている。そこからは、北の港町にひとりたたずむ悲しげな女性の姿が浮かんでくる。
そうしたドラマ性もあってか、2010年10月27日の発売前から評判は高く、1週目にはオリコン誌演歌チャート1位につながった。初登場1位は、01年の「さいはて海峡」以来、約10年ぶりだという。
この曲をカラオケなどで歌っているのは女性が多いそうだ。しかし、各地のキャンペーンでは男性の姿がたくさん目に付くというのは、この曲ならではかもしれない。
「女の潮路」は、添えなかった男性への後悔の念を作詞家の麻こよみが女性の立場から描いた。男性では描けない、リアリティな女性心理が女性たちの共感を呼んだ。
そして男性には、計り知れない女性の心の内を初めて知らされる曲であったことが、関心の高さにつながっているのだろう。
歌はディレクターとの何気ない会話から生まれた。
「あの日、あの時、あの人と、こうしていたら自分の人生は違っていたのではないか。<そんなことって、あるよね>といった話をしている中から詞ができました」
そうした経験は誰にでもあるはず。
市川も、自らの人生においての経験も重ね合わせるところがあるという。が、曲の主人公とは距離を置いて歌っている。それがより説得力を高めているのだろう。
作詞家デビュー作のカップリング曲
カップリングの「満ちては欠ける月」では、市川が本名の松村真利で詞を書いている。
最初にデモテープでメロディーを聴いた時に「詞を書いてみようかな」と、冗談半分で漏らした一言が、キングレコードのディレクターから「真剣に書いてほしい」と正式な依頼になった。
メロディーに言葉を乗せただけだったというが、それを読んだディレクターは「新曲のカップリングに使うから」という回答。
修正箇所を指摘されて、書き直しに挑んで出来あがったのが「満ちては欠ける月」であった。
「本を読んだり、文章を書くことは子どもの頃から好きだったんですが、歌詞を作るのは難しいですね。最初で最後でしょうね。でも自分の心の思いは、歌うよりも言葉を書くほうがより良く表現できると感じました」
発売日のイベントでの音合わせでは「歌えなければどうしよう、と緊張度は最高に高まりました」
それは初の作詞であったことはもちろんだが、詞の内容が一昨年に亡くなった兄への想いを綴ったものであったからだ。
歌の最後は ♪ふたりの今日(いま)と明日を 生きてゆく・・・ で締めくくられている。
「亡くなることが永遠の別れではないことを表現しました。生まれ変わっても兄の妹でいたい。この絆はこねからも強くなっていきます」
そんな気持ちを込めて書いた。兄は亡くなっても、ずっとそばにいるようだともいう。
♪・・・ で終わっているのも彼女ならでは。
「この先、どこかで再び兄と巡り合えるかもしれない、といった期待を持たせた」からだという。
喜びは3倍に、哀しみは3分の一に
水田竜子、小村美貴とのユニット<ビューティー・スルー>が話題になっている。
キングレコードが誇る美人演歌歌手3人組である。いずれもスタイルの良さで知られている。
そのユニットによるコンサートを、熊本を皮切りに福岡、名古屋、広島、埼玉など6都市で開いてきた。12月8日には大阪・御堂会館でも開催する。関西はビューティー・スルー誕生のきっかけとなった土地。昨年秋に兵庫県西宮市で行われた演歌ファッションショーで、初めてユニットを結成したのが最初だった。
ステージを重ねるごとに3人の結束力が高まっているという。
「コンサート開始前には必ず円陣を組んで<ガンバロー>と気合いを入れています」と市川。
1人で歌うのは自分との闘いであるが、3人が揃うことで互いに支えあうことができるのがいいところだという。3人を引っ張っている水田竜子を中心に、互いの絆を強めている。
コンサートを重ねるごとに、ライバルを超えて力を合わせて一緒に伸びていこうという気持ちが高まっているという。ユニットを組んだ一番の収穫であるようだ。
大阪でのコンサートでは「台本なしのフリートークで進行させます。一緒に<大阪ラプソディ>など大阪の歌を歌うのが楽しみです」という。
11月12日には市川のふる里である埼玉県で開催している。今回は小村の地元である。「ぜひ竜子ちゃんの地元である北海道でも開きたいですね」
来年のキングレコードのカレンダーではビューティー・スルーとして登場することになっている。これからはグッズも作ってみたい、といった計画も立てている。
◆今年はどんな1年でした?
「充実した1年を過ごせました。市川としては2作も曲を出せましたし、ビューティー・スルーとしての活動もありましたし。いろんな体験ができました」
歌手として大ヒットへの潮路に乗ってきたようだ。
※2010年11月27日午後1時からは、大阪市城東区の恵比須堂今福店(イズミヤ今福店ピロティ)で、歌とサイン会を開いた。
[市川由紀乃 ぶろぐ]
http://ichikawayukino.seesaa.net/