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津吹みゆ、嵯峨野路に女の情念を燃やす  デビュー8年目の「おんなの嵯峨野路」 [インタビュー]

◆若いカップルや女性たちの人気が高い京都の西、嵯峨野。ここに生きる女が想い人への胸の内を届けてとばかりに心の声を響かせる。そんな恋物語「おんなの嵯峨野路」を日本クラウンの津吹みゆが歌っている。「等身大から少しお姉さんになりました」と、作品を通して成長している。

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「おんなの嵯峨野路」は津吹にとって11枚目のシングルになる


 津吹みゆは2022年9月に京都・嵯峨野でプライベート旅行を楽しんでいる。10月に発売する「おんなの嵯峨野路」のイメージを膨らませためのものであった。15年2月に18歳で日本クラウンから「会津・山の神」でデビューした彼女にとって、大好きな宝塚歌劇などがある関西は馴染みのある地である。

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デビュー8年目で初めて歌の舞台でイメージ作りに挑戦もした

 とりわけ京都は前作「壇ノ浦恋歌」(22年3月)が、滅亡した平家一門と女の熱い恋心を重ねて歌ったものであり、「おんなの嵯峨野路」に登場する祇王寺は、平清盛の寵愛を受けた祇王が清盛の心変わりで出家した尼寺である事であることからも、津吹はそこに今作の縁を見ている。

 この作品は津吹にとっては平家物語で繋がった女の情念シリーズの第2弾であったのである。
 「嵯峨野路を実際に歩くと景色が目に飛び込んできますが、それに伴って頭の中では自分の中で描いた物語の主人公が浮かんできました」

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 こうして歌の舞台になる土地を歩いたのはデビュー8年目で初めての事であった。
 津吹は「仕事で関西に何度も足を運んでいても、こうして現地へ行くことは難しかった。実際に自分の目でゆっくりと見る事で歌のイメージ作りをして、表現に役立てる事は出来ません」と話している。

 こうして歌う「おんなの嵯峨野路」は好調に推移している。発売1ヶ月後の11月29日にはNHK総合テレビで放送された「うたコン」に、ソロでは初の番組出演を果たしている。
 ♫ 指折り2年の歳月(としつき)は〜 で始まる「おんなのー」の冒頭の2行は歌う際に神経を使う箇所だという。
 「ここは所謂、語りの部分で、棒読みにならないようにボリュームを下げて歌っています。抑揚を付けて表現が求められるのてますが、胸にキューンと来て苦しくなるところでもあります」

 歌の3番のラストで祇王寺が登場する。そしてそこへつなげる歌詞が ♫ 風があなたの声になる 〜 である。
 「ここまて想いを燃やす相手がいるのは女性にとっては憧れでもありますね」
 津吹も嵯峨野の竹の道でそんな声を聞いたのかもしれない。


 記者は業界関係者たちと歌の舞台を訪ね歩くウォーキング会「歌を歩く」を主宰しているが、2023年1月にはこの「おんなの嵯峨野路」を取り上げ、祇王寺などを訪ね歩くことにしている。
 この時の模様は「Music news jp」でレポートすることになっている。



※写真・記事の無断使用はお断りします。


[津吹みゆ オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/tsubukiMiyu/top.html
[津吹みゆき 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/tsubuki/news








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仲良し歌手3人 北川紀恵・あずみ万里子・沢富美子 皆さんに覚えてもらえるように歌いたい 道頓堀歌謡ONステージ [インタビュー]

◆歌手林健二主宰の道頓堀歌謡ONステージの2023年新春公演が1月9日、大阪・道頓堀の道頓堀ZAZAで開かれた。これに出演したあずみ万里子は3度目の出演で、横浜を中心に活動している。同ステージでは常連の北川紀恵の友人であり、テレビのカラオケ番組で共演したのが出演のきっかけに。その北川のもう1人の友人、沢富美子はこの日、2人の応援にやって来た大阪・枚方市在住の2011年デビューの歌手である。3人は今では一緒に旅行をするほどの仲良し。あずみが今年5月に横浜・中華街のホテルで開催を予定しているデビュー15周年記念パーティーには、北川も応援に駆けつけるという。

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写真・左から沢富美子、あずみ万里子(中央後)北川紀恵


 新春公演には2回の公演に分かれて、15人の歌手・舞踊家が出演した。北川紀恵あずみ万里子は2回目の公演で最新曲などを歌った。
 「北の桟橋」「恋して神戸」といった1昨年発売のオリジナル曲を聴かせた北川は、「発売2年目の『北の桟橋』を皆さんにさらに歌ってもらえるようにアピールしていきたいです」と、話す。

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写真・北川紀恵

 北川は以前、KBS京都テレビ(京都市)で放送するカラオケ番組で司会をしていたが、その相棒があずみ万里子であった。
 あずみは3年前に、歌手活動を支援してくれていた主人を亡くして落ち込んでいた時に、「ノラ」などで知られる歌手木下結子の「ウヰスキー」を聴いて、元気付けられたという。

 「♫ 人生はやり直しがきくのよ いいことあるって思わなくちゃ〜 」の歌詞が心に響いたといい、以来、同じ歌手でありながら木下の追っかけをするほどの熱いファンになった。
 同ステージで歌う彼女の応援に木下本人も駆けつけるといったサプライズもあったほど。

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写真・あづみ万里子

 あずみは今年5月でデビュー15年を迎える。この間にに出したCDはデビュー曲の「今も神田川」「愛が消えないように」のシングルが2枚と少ないが、15年を機に新曲の発売も計画する。「リリース枚数を競うのではなく、ロングセラーを目指しています」と話す。
 新曲は北川大介、木下結子、まつざき幸介らをゲストに招くデビュー15周年記念パーティーで披露される予定である。

 北川は去年、大阪市内のホテルでデビュー10周年を記念したパーティーを開いている。それが終わってあずみたち数人と淡路島観光を楽しんでいる。
 その中に沢富美子もいた。09年に主人を亡くし、翌々年に「約束」で歌手デビューした彼女は今年、5枚目のシングル「幸せ運ぶ枚方の街」をリリースする予定である。沢たちは「枚方市民は誰もが喜びそうな、明るい歌です」と期待を寄せる。

 生後8ヶ月で40度の高熱に襲われて、それが原因で視神経に障害が生じて、今は極度の弱視に。それでも耳は研ぎ澄まされており、好きな音楽の分野で花を咲かせたわけである。

 鍼灸マッサージ師の資格を持ち、枚方市内で鍼灸院も開業している。院内では「常に音楽が鳴りっぱなしだという。「島倉千代子さんや石川さゆりさん、香西かおりさん、神野美伽さんなどの演歌が好きですね。美空ひばりさんの『悲しい酒』も大好きです」と沢。

 3人は「皆さんに自分たちの歌を覚えてもらえるように歌っていきたい」と、口をそろえていた。

※写真・記事の無断使用はお断りします。








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北川紀恵、テレビ・ラジオに活動を広げる  来年からはジョイントコンサートも [インタビュー]

◆歌が上手くなりたいー。そんな軽い気持ちから、自分が歌った歌を録音したテープを、歌唱審査などを行う団体に毎月、7年間に渡って送り続けて指導を受けていたのが、北川紀恵(メロディーレコーズ)が歌手デビューするきっかけであった。2022年10月にはデビュー10周年記念パーティーを開いている。21年には新曲4曲をリリース。ステージをはじめテレビにラジオにと活動を広げているところである。。

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写真・北川紀恵


 北川紀恵は滋賀県長浜市の出身。歌を歌う事が大好きで、同じ滋賀県出身の作曲・編曲家の蘭一二三が代表を務める日本音楽振興会(東京都港区)の指導を受け続けていた。歌唱テープを送っているうちに、少しずつ段位が上がっていくのが歌う励みになったという。

 「頑張って長年続けてきたご褒美だったのでしょう、蘭先生から楽曲を頂き、CDデビューすることになりました」
 2009年のことであった。「お母さん」「大阪めぐり逢い」の2曲をランレコードから出した。2人の子育てから手が離れた事もあって、翌年から歌手として活動を始めた。11年には「恋の大阪」もリリースしている。

 振興会では毎年、年末にクリスマス大会が開かれていた。北川も東京・渋谷のけやきホール(古賀政男音楽博物館)で行われた大会に出演して、たくさんの会員を前に「お母さん」と「大阪めぐり逢い」を歌っている。
 「無我夢中で何を歌ったか分からなかった」ほど緊張した、デビューまもない頃のステージであった。

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写真・毎週土曜日にサンテレビで放送中のプレミアム歌謡ショーにも出演

 17年になって今度はメロディーレコーズから「祇園すずめ」(作詞・作曲・編曲:蘭一二三)を発売した。カップリングは「じょんから峠」(作詞・金谷怜
沙、作曲・編曲:蘭一二三)であった。
 自分のCDがCDショップで買ってもらえるようになったのである。

 そんな喜びの反面「素人時代と違って、歌を聴いてくれる人たちの厳しい目を感じるようになりました。カラオケコンテストで優勝したキャリアもなければ、華々しいものは何もないので、劣等感ばかりの毎日でした」という。

 歌手としての自信が持てるようになったのは、歌う実績も積み重ねたデビューして10年が経った頃だという。
 「それまでは歌うたびにドキドキして、歌を表現するどころではありませんでしたが、ようやく表現することができるようになったかな、と思うようになりました」

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 そして21年には、たきのえいじ作詞の「北の桟橋」「恋して神戸」「上を向いて歩こうじゃないか」「夫婦ごよみ」の4曲をリリースしている。目下、これのキャンペーンを続けている。

 テレビの歌番組にも出演する。「見たわよ」「良かったよ」と言ったLINEメールをもらうたびに、北川は「その1つひとつがエネルギーとなって、今まで歌う事が出来ました。自分の歳を考えると、どこまで歌っていけるか分かりませんが、皆さんの応援を支えにこれからも歌います」と、意欲を見せている。

 12月からはまた、コミュニティFM、FM845(京都・伏見)の毎週木曜日正午から放送している新番組「ただいまHAPPY~ブレイクちゅ~」の第2木曜日のメインパーソナリティを任されている。アシスタントは京都で活動する歌手速水桔平が担当する。
 来年はこの速水と「ジョイントコンサートを年2回は行っていきたいです」と、大きな計画を立てている。




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入山アキ子、新たな主人公演じる15周年記念曲「一泊二日」 チーム制導入で効率化も [インタビュー]

◆歌手入山アキ子(テイチクレコード)がデビュー15周年を迎えている。1作1作と実績を積み上げている姿は逞しくも映る。この周年を記念した新曲の「一泊二日」(作詞・久仁京介、作曲・四方彰人)で、 ♬ 宿に着くまでは他人です ~ と唄うそれは、主人公に成り切って演じるように、道ならぬ恋を唄っている。歌のストーリーは昔からの王道演歌である。それを入山が自らの声でどのように表現するか、歌手としての大きな試金石でもある。12月18日には大阪・西心斎橋のホテルでライブを開催して、それを披露する。

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入山アキ子


 所属するワクイ音楽事務所(増田峰夫社長)のスタッフやテイチクのディレクターなどからなるチーム入山のメンバーは、今回の新曲のタイトルを今までにない「一泊二日」にした。
 妻子ある男性と一泊二日の旅をするという歌詞の内容といい、そのものずばりに表現したタイトルは、入山にとっては大きな冒険であったことは確かだ。
 デビュー当時から彼女を見ている業界人は、どうしてこんな歌を歌うのかーと、反対したという。それほど入山のイメージとはほど遠い作品だったのである。

 道ならぬ恋、許されぬ恋を歌った今回の作品は、入山がこれまでから女性ファンが多かった事もあったのか、「あまり色気を出さない歌を歌ってきた」ことも彼女のイメージを固定化してきた。
 それを今作では硬い鎧を脱ぎ捨てて、女性の純粋な気持ちを演じるドラマの主人公になり切っている。

 久仁京介の作品を歌うのは初めてである。20代の頃に出場したカラオケ大会は久仁の名前を冠にしたイベントだった程度で、今回の制作に際してまず電話で話したのが最初だった。
 「入山のアルバムを聴いてもらって、作品のイメージ作りの参考にしてもらった」

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 「艶歌は難しいですね。もとは農家の娘ですから、何もかも初めての事が多く、出された課題にその都度挑戦してきた15年でした。今回、作曲をして頂いた四方彰人先生のギターに合わせてレッスンしてもらってOKをもらいましたが、永遠に挑戦で(歌手として)終わりのない旅を続けていきます」

◆チーム制を導入

 入山は前作の「人生七曲り」からチーム制を採り入れた。プロモートの計画など、今まで入山が全て1人で関わってきたが、それをチーム入山のスタッフが分担し協議して決めるようになっている。
 これによって歌う事に専念出来るようになった。1人で何もかもをこなすには限界がある。例えば今までならば、依頼があったポスターを発送など細かな仕事まで、全て自分でやらなくてはいけなかったという。
 それが色んな場面でサポートしてもらえるようになり、「やっと他の歌手の方たちと同じような活動が取れるようになりました」と話す。

 ちなみに社長の増田峰夫は、ナベプロ大卒1期生で、昨年3月に急逝した前社長の和久井保とは同期である。86歳で社長を引き継いだ。

 カップリング曲の「わたしのふる里」(作曲・作詞 水谷公生)もまた、入山のイメージを変える作品である。田植えから刈り取りや秋祭りまで、農作業に勤しむ夫婦の姿をコミカルに歌ったものである。

◆続ける努力

 入山はデビュー当初から精力的に各地を走り回っている。歌い終わると最近では毎晩、映像・音声配信を欠かさない。毎日続ける「つれづれ日記」は、先ごろ1000回を突破している。
 どんなに忙しくても欠かさずに、その日の出来事やイベント予定などの情報を伝えている。〈親戚〉と呼ぶファンの人たちなどとのコミュニケーションを欠かさないためである。
 継続することは能力の1部である、とも言われるが、まさにこの人の性格そのものを表しているようである。
 日記ではその日にSNSなどにコメントやメッセージを寄せた人の名前も欠かさず読み上げているのも、彼女ならではであろう。



※写真・記事の無断使用は固くお断りします。


[入山アキ子 オフィシャルサイト]
https://xn--cckwa042wikihmb.jp/
[入山アキ子 テイチクエンタテインメント]
https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/iriyama/








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KANA(テイチクレコード)、来年はデビュー25年 存在感を高めたい [インタビュー]

◆先ごろコンサートツアーのファイナル公演を大阪で終えたばかりの歌手のKANAにインタビューした。来年は50歳という区切りの年、女性デュオとしてデビューして25年になるという。「そろそろ存在を示したい」と意欲をみせた。

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25周年に向けて意欲をみせるKANA


 熱気に満ちたファイナル公演は沢山の観客に満足と興奮を与えた。その主役を務めたKANAの感想は「延期延期で宙に浮いていただけに、終わってホッとしました」と、意外と淡々としていた。
 それでも「大好きな大阪の地で締めたかった」だけに、それを叶えることが出来た安堵感は大きいようだ。

 観客の多くが女性で占められていた。どうしてこうも女性から強い支持を得られるのだろうか。
 「学生時代からそうだったんですが、性格がサバサバとしていて裏表もなく、男っぽいから共感してくれる人が多いのでは」
 そんなKANAは同年代の女性にとっては、強い憧れと共に親近感を抱かせるようである。

 コンサートは歌って、語るというシンプルな形であった。
 「飾り気を削り取って、分かりやすさを1番にしました」

 2年前と今年のボーカルコンテストの優勝者との約束である、コンサートのステージで歌ってもらう事もコンサートでは実現できた。
 コンテストの入賞者は30人いたが、「私の歌は取り分けメロディーに詞をのせて歌うリズム感が重要になります。皆さん感覚の良い人が多かったです」と、難しい歌への挑戦を讃えていた。

 KANAの芸名でデビューしたのは2009年であった。数々の感動曲を送り出してきたが、2022年11月16日にリリースした新曲「午前0時のリフレイン」も好評だという。
 70年代後半から80年代にかけて流行ったシティポップのメロディーにのせた都会派サウンドが支持されている。
 「今、シティポップがブームなんですが、そこには今まで聴いて育ってきた音楽のテイストがあります」

 ファイナル公演で今年の区切りを付けた形だが、今年は彼女にとって自分を振り返る年だった、と述懐する。
 「これからどうすれば良いのか、改めて自分と向き合った1年でした。やりたい事が出来ない今まででしたが、とにかく前を向いて動き出すしかありません」
 しかも来年は50歳という節目の歳だし、音楽業界で活動を始めて25周年になる。
 それだけに「年齢的にも今まで身につけていた鎧が取れて、より自然になれる。業界での私の存在も、そろそろ業界で知れ渡ってもいいのではないか、と考えています」とも。

※写真・記事の無断使用はお断りします。


[KANA オフィシャルサイト]
http://pre-pro.co.jp/talent/kana/
[KANA テイチクエンタテインメント]
https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/kana/








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みちごえゆう(テイチクレコード) 「花は、花 / ただいま大阪」でメジャーデビュー 夢はデッカく日本の歌姫 [インタビュー]

◆地元の門真で知られていなくて、どうして東京なの。寂しいやんー。そんな言葉を同級生や応援してくれている人たちからもらって、CDデビューして上京し10年が経った6年前に、みちごえゆうは生まれ故郷の大阪府門真市に戻った。それから関西を中心に活動を続けてきたが、2022年10月19日に「花は、花」をテイチクレコードからリリースして念願のメジャーデビューを果たした。夢は門真の歌姫から日本の歌姫へ。そして25年の大阪万博の歌を歌いたいーと限りなくデッカいのである。

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みちごえゆう


 みちごえゆうは、関西から多くの歌手を輩出した関西歌謡大賞(現・にっぽんうたまつり)に21歳で初めて出場している。この時の審査委員長の作詞家もず唱平からは「変わった声をしているが特徴ある声だから、それを生かして頑張るように」と評価され、奨励賞を受賞している。

 これがきっかけとなって本格的に歌手を目指すようになり、23歳の時にCDデビューして上京している。ライブハウスで歌手としてスタートを切るが、知人も少ない東京ではチケット販売のノルマをこなす事が出来なくなって、出演もかなわなくなってしまった。

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 そこから始めたのが道の駅や旅館などのほか、色んなイベント会場で歌う事だった。そんな活動を7年間続けていたが、ある日夏祭りのイベントで大阪に帰ってきた時であった。その時、知人からかけられた言葉が「帰ってきて、地元の歌姫になれば」というものであった。

 彼女にとって歌手は東京にいなければいけない、という固定観念があって「帰りづらい」気持ちがいっぱいだった。でも周りの古い友人や応援をしてくれている人たちは「そんな考えは古いよ」と言って。帰ってくることを勧めた。

 その言葉に背中を押されて10年ぶりに故郷に帰り、地元での活動を始める。もちろん地元でも無名であるから、まずはポスターを持って美容院、飲食店やカラオケ喫茶店などを手当たり次第に回っていった。
 「東京では他人に声をかける事は出来なかったのですが、門真に戻って6年、物怖じしないまでに鍛えられました」と、みちごえ。

 すると老人福センターから声がかかったり、夏祭りで歌ってほしいなどと少しずつ歌える場所が増えていった。コミュニティFM局からは番組のパーソナリティーにといったオファーも寄せられるようになってきた。

 そうした地道な活動を続ける中で、紹介してくれる人がいてテイチクからCDを出す話をもらった。念願のメジャーレーベルである。
 審査の結果が出るまでには3ヶ月ほどかかったという。「まるでオーディションの結果を待つような心境でした」と、心の内を打ち明けてくれた。
 
 ここに至るまでの苦しかった時の気持ちを歌ったのが、♫ 浪花の風はあたたかい 次の春はきっときっと咲く 〜 と歌うメジャーデビューシングルの「花は、花」(作詞・北爪葵、作曲・桧原さとし、編曲・宮崎慎二)である。カップリング曲の「ただいま大阪」(同)では ♫ ええねん ええねん 泣いてもええねん 〜 と自らを励ます。

 いずれも気持ちが温かくなる、人生の応援歌とも言える2曲を、みちごえは今、大阪の空の下で歌い続けている。いずれは「大阪から全国へ飛び回る」ことを夢見て。



※記事・写真の無断使用はお断りします。


[みちごえゆう オフィシャルサイト]
https://www.youmichigoe.com/
[みちごえゆう テイチクエンタテインメント]
https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/michigoe/








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真咲よう子(日本クラウン) 63枚目シングル 新曲「雨のアカシア」 アカシアの花を濡らす夜雨が切なさを誘う [インタビュー]

◆歌手真咲よう子「片恋川」から約2年半ぶりとなる新曲「雨のアカシヤ」(作詞・大久保與志雄、作曲・桂木潤、編曲・椿拓也)を2022年7月27日にリリースしている。63枚目のシングルである。今日10月30日には名古屋市内で新曲発表会を開く。「雨のアカシヤ」は、2年もひとり、小さな店の止まり木で男性を待ち続ける切ない女性が主人公。夜雨に濡れるアカシヤの花が詩情を盛り上げる。

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いつも笑顔が素敵な真咲よう子


 アカシヤの花が咲くのは3月から5月にかけてと言われている。歌のサビでもある ♫ 雨よ降れ 〜 を「メリハリを付けて歌う事で、ここが決まると全体が落ち着く」と真咲。
 舞台は小料理屋。毎晩暖簾を出して、ひとり止まり木で好きな酒を飲み、夜中に化粧を落とす。そんな生活を繰り返し、もう2年がたつという。

 真咲よう子が歌い続ける切ない女の世界である。いつもなら女性ファンが好んでカラオケを歌う彼女の作品であるが、今回は男性が歌うケースが多く見られる。
 少し様子が異なる新曲について真咲は「歌詞は女心を書いているのですが、メロディーラインが男性向きなのでしょうか。男性が歌いやすいようです」と開設している。

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63枚目のシングル「雨のアカシヤ」

 カップリングの「祝いの盃」(作詞・水木れいじ、作曲・長浜千寿、編曲・丸山雅仁)は、2000年7月に出した「淡雪の花」のカップリングとしてリリースしているが「今までカラオケに入っていなかったので、今回、新たに収録してカラオケにも入りました」という。

 新曲を出すたびに毎回、出身地名古屋で開いている新曲発表会は、今回はきょう10月30日、名古屋市栄の「札幌かに本家栄中央店」で、昼夜の2回公演を予定している。当初、8月の開催を予定していたが、コロナによって開催が延びていた。
 「新曲にちなんで、雨にかかわる歌を歌う」ことになっている。

 休む事なく毎月1回行なっているライブ「よう子の部屋へようこそ」は、11月7日で83回目になる。真咲は「毎回楽しいライブに向けて大きな声で歌の練習をするので、充実した月日を過ごしています」と笑っている。

 趣味のマンホールの蓋の写真を撮り続けて、インスタグラムにアップするプチひとり旅も続けている。仕事、趣味とやる事はいっぱいで、来年6月16日からは子供の頃から出演しているという、三重県桑名市の長島温泉で行われている「長島温泉 歌謡ショウ」で10日間の公演が決まっている。



写真・記事の無断使用はお断りします。


[真咲よう子 オフィシャルサイト]
http://www.okubo-m.com/artist/masaki.html
[真咲よう子 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/masaki/news?ima=5911








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れいか(日本クラウン)、23年1月新曲発売へ  不思議な縁続きの杉本眞人作品第3弾 [インタビュー]

◆歌手れいかのデビューは2001年で、この年から08年の間にインディーズレーベルから2枚のCDを発売している。当時の芸名は水野れいか。それから22年になる来年1月には、日本クラウンから出す3枚目のシングルをリリースする。作曲は前作から続いて杉本眞人である。中学生の頃、親戚の集まりで歌ってと求められて、沢山の人の前で初めて歌ったのが、同じ杉本の作品の「お久しぶりね」(小柳ルミ子)だった。その時から不思議な縁は続いている。

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パワフルに活動を続けるれいか


 「お前、歌下手だね」
 れいかが日本クラウンから初めて、2018年にリリースしたシングル「優しい嘘をください」(作詞・高田ひろお、作曲・杉本眞人)のレコーディングで会った憧れの杉本眞人から、遠慮会釈もなく指摘されたのである。
 自分でも決して上手いとも思ってもいなかったが、こうもストレートに言われてただ笑っているしかなかったという。

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最新曲はそのユニークなタイトルも話題になった

 4年前、れいかがメジャーレーベルの日本クラウンからのリリースが決まり、担当のディレクターからは作曲家の候補が示された。
 その中に昔から憧れていた杉本の名前があったのである。迷わず「杉本先生がいいです」と言い切ったれいかは、早速、曲を書いてほしいという熱い依頼の手紙を毛筆で書いた。
 彼女は事あるごとに手紙を書いており、仕事でお世話になった人などへは礼状を出すことを欠かしていなかった。だからこの時も迷わずに送ったのである。「心で思っているだけでは、気持ちは相手に伝わらないから」
 そうした彼女の想いはちゃんと杉本に伝わったようで、「いいよ書くよ」と言って、作曲は杉本眞人に決まった。

 「歌が下手なのにどうして、曲を書いてくれたのだろう」
 杉本と食事をしたの際に彼女は尋ねてみた。疑問に思うことはストレートに訊き、自分の意に反することにははっきりとNOと意思表示する。彼女にグレーゾーンはないのである。
 「手紙が嬉しかったんだよ。手紙の最後に押してあったスタンプが可愛いかった」
 杉本はそう言って喜んでくれたという。

 高校を卒業後、5年間のOL生活を経て地元で開かれたカラオケ大会に出たのが歌手になるきっかけであった。地元ローカルテレビ局の歌番組への出演を勧められ、CDも出すことになった。ところがお金は振り込んだものの、レコード会社には届いておらず、騙されたことが分かった。

 その後、会社も辞めてこの時に作った1000枚のCDを車に積んで売り歩く事になるのだが、カラオケにも収録されていないインディーズCDは、訪問先での反応は冷たいものだった。
 しかし血液型B型の特性だろうか、「人とコミュニケーションを作り、カラオケ店を回っているといつかは売れる」と信じて、あてもない希望だけは持ち続けていた。

 その頃からの頑張りは今も続く。コロナ前には年間280ヶ所ほどのカラオケ喫茶店、スナックなどを回り続けた。親しくなったカラオケ喫茶店での定期ライブも開いている。
 「1度もアルバイトをすることもなく、歌手業1本で頑張ってます。最近では自分でアクセサリーを作って、ライブ会場などで販売しています」

 インディーズCDの後、作曲家の故奥村英夫との出会いもあって、3枚目のシングル「歌舞伎町のノラ」を発売するなど、その後は2年おきに新曲を出し続けている。

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来年の新曲に意欲をみせる

 来年1月25日に出す予定の新曲も、今作「貯金の好きな女」から2年を経過してのリリースになる。
 「新曲では今まで自分で思っていた持ち味の音域よりもキーを下げて歌う事にしました。それによって悪いクセが取れて、良い声になった、と初めて杉本先生にほめてもらいました」

 新曲に向けてパワフルに活動を続けるれいかだが、これからの夢を聞くと「今の定期ライブを続けながら、大きなステージに立って、1人でも多くの人たちに私の歌を聴いてもらいたい。そしていつかはテレビの主題歌を歌いたい」と話している。
 
※写真・記事の無断使用はお断りします。


[れいか オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/reitchin1/
[れいか 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/reika/news?ima=2631&ct=ryuko








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木下結子、移籍第2弾シングル「百滝桜」 皆さんに育ててもらってもう一度咲く 自分に重ねて歌う [インタビュー]

◆デビュー40年を来年に控えた歌手木下結子が2022年9月21日、ホリデージャパン移籍第2弾となる「百滝桜(ももたきざくら)」(作詞・髙畠じゅん子、作曲・都志見隆、編曲・猪股義周)をリリースした。花が散っても、嵐を受けても、また美しく花を咲かせる、そんな老桜の生き様を自らの歌手人生と重ねて歌う。

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桜に自分を重ねて歌う木下結子

 「放されて」で日本コロムビアから歌手デビューした木下結子は、5年後に「ノラ」を発売した。それは今なおカラオケで歌われ続けるロングヒットである。その後、大阪へ戻ってしまう。東京での活動はわずか8年であった。

 大阪ではCDも出さずにライブと年に1回のディナーショーなどに限られた活動を続けていたが、代表曲の「ノラ」「放されて」があったから、「仕事は潤沢にあった」という。そんな時に作詞家髙畠じゅん子との出会いが木下結子を生き返らせた。
 彼女が詞を書き浜圭介が曲を書いた「ウヰスキー」で、日本クラウンから復活を果たすことになるのである。 ♫ 人生は やり直しが きくのよ 〜 と、やはり木下の人生をなぞったような応援歌であった。

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 新曲「百滝桜」もまた、髙畠が木下に贈るエールなのである。
 それは大阪府和泉市の民家の庭で毎年花を咲かせている若樫の百滝桜が、歌のモチーフになっている。

 この桜のように歌は、しっかりと土地に根ざして、たくさんの人に育ててもらったからこそ、毎年美しい花を咲かせる。その桜木の強さを主題にしている。
 髙畠はその理由を「気を負わずに、しかもしっかりと再生するところに感動しました」と説明している。

 木下もまた、僅かながらも東京での体験が「大阪に戻って1人で活動する際に大いに役立ちました。今、それをつくづく思います。沢山の人に動いてもらわないと、1人では何も出来ないですから」と、桜と自分を重ねるのである。

 「百滝桜」は今まで木下が歌ってきた作品にはなかった〈演歌調〉の仕上がりになっている。それに興味を示した彼女はレコーディング前に、実家近くにある百滝桜を見るのだが、「コロナ下にあって、このまま何も出来ずに終わらせたくない」と、新たな挑戦への意慾を燃やすことになる。
 しかもその支えとなったのは「歌詞が意味する、支えられ、育てられて千年、二千年愛されてきた」というフレーズであった。

 自らの歌手人生を桜に重ねて歌う「百滝桜」のドラマは人一倍説得力がある。

 「百滝桜」のカップリング曲は「アカマンマ」 (作詞・髙畠じゅん子、作曲・都志見隆、編曲・猪股義周)。やはり高畠が作詞を担当しており、娘に向ける母親の愛を歌う。
 スペシャルトラックとして、「ステージではしばしば歌ってきた」(木下)という、やしきたかじんの「東京」をアレンジを変えてカバー収録して、よりスマートになった。

 木下は今、新曲キャンペーンで東奔西走の忙しさである。10月21日には木下人気の高い兵庫県姫路市にあるカラオケスナック「鴻」で百滝桜キャンペーンライブを開く。
「新曲発売時はいつもこんなもんです」と謙遜するが、前作を上回る勢いであることは間違いないようだ。

※写真・記事の無断使用はお断りします。


[木下結子 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/kinoshitayuiko/
[木下結子 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/artist_kinoshita_yuiko.html








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大和を歌う川井聖子 奈良の魅力を全国へ [インタビュー]

◆奈良市で生まれて奈良市で暮らす歌手の川井聖子が、歌で奈良の魅力を広く伝えようと活動を繰り広げている。

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川井聖子

 最新曲「大和恋歌」(作詞・荒木とよひさ、作曲・羽場仁志)では千年の都、奈良を舞台に悲しい恋歌を歌い続けている。カップリング曲も奈良が舞台の「万葉の旅人」(同、同)で、♫ 奈良の都へ 明日来ませんか 〜 と呼びかけるのである。

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「大和恋歌」

 2022年9月30日で42歳になった。歌手デビューは21歳であった。まだ大学生だったという。デビュー曲は奈良をテーマにした「絹の道」でカップリングも「あなたとなら大和路」と奈良を歌った。
 12年に奈良市観光大使を拝命したのに続き、16年には奈良県立美術館広報大使に、そして今年4月からは天理市PR大使とやまとこおりやま観光PR大使にも任命されて、歌を通じて全国への奈良の広報活動にひと役買っている。

 コロナ騒動で音楽活動も長く制約を受けていたが、デビュー21年目の今年は「地元奈良から、コツコツと心通う活動を広げていきたい」と、話している。

 その手始めに21年12月にはデビュー曲から「つゆ草」(16年)まで、新録音を含めたオリジナル曲16曲を収録したアルバム「ここから」をリリースしている。
 今月31日午後9時15分から放送予定の「福島はじめのハピネス歌謡曲」(ラジオ関西)でも奈良をPR。川井はパーソナリティーの福島はじめからは、「地元の福島県でのコンサートに来年は呼びたい」と、誘われていた。

※写真・記事の無断使用はお断りします。

[川井聖子 オフィシャルサイト]
https://holy-children.com/








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一条貫太、フォークタッチな「でっかい東京」 新たなタイプへのチャレンジ [インタビュー]

◆数多い若手歌手の中でも歌唱力の高さが、ひと際評価されているデビュー5年目の一条貫太(日本クラウン)。今まで演歌・歌謡曲を多く歌ってきたが、2022年7月に出した新曲「でっかい東京」では、「グループサウンズのようなノリのある作品で、テンポ感・メロディーともに今までのモノと全然違っています」というほど、彼にとっては全く新たなタイプの歌であった。

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新たなフォークタッチの歌に挑戦する一条貫太


 新曲「でっかい東京」のキャンペーンで大阪を訪れた一条貫太は、大阪府内でインストアライブなどを丹念にこなした。来阪は今年1月に前作を発売した時以来だったという。10月に開かれた大阪発流行歌ライブでは、前回と同様に新曲を聴かせた。
 「大勢の方に歌を聴いてもらい嬉しかったです」と、感想を話していた。

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 「でっかい東京」はフォークタッチの作品である。ギターの弾き語りという、彼にとっては初めてのスタイルにも挑戦している。
 元々、中学時代からバンドマンであった父親と、一条のギターとピアノやベースとのセッションを家庭で楽しんでいたし、デビュー後のコンサートではギターの弾き語りを見せたこともあった。

 「フォークソングは昔から歌っていましたが、デビューしてからは演歌ばかりで、今度の新曲は全く新しいタイプの歌ですし、どのように歌ったらいいのか、迷いもありました。ディレクターや宮下健治先生からは大きく歌ってと言われました」

 8月に東京で、9月には埼玉でソロコンサートを開いているが、今までのオリジナル曲を歌う中に、「でっかい東京」を組み入れることで、「コンサートにメリハリがつくようになりました」といい、衣装も白いジャケットに替えて清々しいイメージを強調している。
 大阪でのコンサート・ライブの開催にも意欲を見せていた。

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大阪発流行歌ライブで歌う一条

 コロナ下にあって、時間ができた事もあるが、勉強を兼ねて野口五郎、沢田研二、玉置浩二をはじめ、多くのコンサートを観に行くことが増えたという。10月に開かれた大阪発流行歌ライブでも、先輩歌手の半田浩二のステージを舞台袖から真剣なまなざしで見つめていた。
 「半田さんの息子さんと僕は同級生らしいですが、先輩のステージを見ることで、歌はもちろんですが、ステージングの押し引きをはじめ多くのことを勉強することが出来ます」

 新曲「でっかい東京」と同時発売しているのが、デビュー曲「ふたりの始発駅」から前作の「旅路の先に」まで、表題曲とカップリング曲の全て14曲を収めたアルバム「一条貫太 シングルコレクション」。ファンにとって垂涎の1枚であることに違いない。



 デビューして大半はコロナの時代であったが、常に一条貫太は「出来ることを一つひとつをやって行く事を大切にしてきました。先輩歌手や自分よりも若い人たちも多い中、自分の色を出して行きたいです」と、前を見続けている。
 彼にとっての自分らしさとは何かを訊いてみた。
 「古き良き昭和の懐かしい歌を、飾る事なく素直な気持ちで発信していくこと」
 と言い切った。

※写真・記事の無断使用はお断りします。


[一条貫太 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/ichijyoKanta/top.html
[一条貫太 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/ichijo/news?ima=4152&ct=ryuko








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木下結子、9月21日新曲「百滝桜」を発売  作詞家髙畠じゅん子対談 最終回 [インタビュー]

◆歌手の木下結子が移籍第2弾シングル「百滝(ももたき)桜」をホリデージャパンから今月リリースする。その日は、奇しくも38回目のデビュー記念日の9月21日なのである。彼女は来年9月21日までを「サンキューの年」と位置付けて、今まで以上に「皆さんに感謝の気持ちを示したい」と話している。作詞は髙畠じゅん子。木下作品では、「おはじき」(2018年7月)以来、4年ぶりである。対談の最終回である今回は、新曲「百滝桜」について話し合ってもらった。

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桜を木下結子にたとえた9月21日発売の新曲「百滝桜」


木下 今回はいよいよ9月21日に迫りました新曲「百滝桜」(作詞・髙畠じゅん子、作曲・都志見隆、編曲・猪股義周)の話を中心に進めさせて頂きたいと思います。
髙畠 39年目のデビュー記念日ですって。
木下 当初発売日は10月になる予定だったんです。レコーディングが早く終わった事もあって、1ヶ月発売を早めます、と言われたんです。それが何と、デビュー記念日の9月21日だったんです。
髙畠 偶然の出来事なんですから、これは素敵な事ですよね。
木下 39年目で、サンキューです。来年9月21日までを39年にちなんで「サンキュー」の感謝の1年にしたい、と思っています。
 先生の作品では、今作は2018年に出した「おはじき」以来、4年ぶりになります。
髙畠 今回はホリデージャパンの亜樹広俊社長から「演歌寄りの作品でいきたいんだけど」と注文を頂きました。そこで桜、しかも一本桜を題材に考えました。盛岡の石割桜、奈良の又兵衛桜があります。
 大阪にいい桜がないかを探してみると、大阪府和泉市に若樫の百滝桜がありました。大阪府の指定天然記念物の桜でもありました。これは良いなぁーと、ひらめいて歌の題材に決めました。

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木下 若樫の百滝桜の樹の枝はまるで滝のように垂れ下がっているんですよ。それがとても綺麗んです。
髙畠 まさにそこに惹かれました。
木下 曲を頂いて詞にある百滝桜を調べてみたんです。実家の近くにあって、早速、見に行ってきました。桜の花の季節には少し早くて、花もない樹を唯呆然と見上げていました。
髙畠 貴女が60歳という節目を迎えて、またまた魅せる時が来たように思うの。百滝桜は木下結子なのですよ。「私が桜よ」といった想いで詞を書きました。
これまで色んな人たちに育ててもらって、今があります。桜は老木になったけれど、しっかりと土に根ざしている。だからこそ、気負わずにもう一度咲いてみたい。そんな桜の樹と木下結子とを重ねたの。
木下 コロナで活動が制限されていますが、このままで終わらせたくないんです。やはり先生に書いて頂いた「ウヰスキー」も、人生はやり直しが効くーがテーマでした。実際には簡単ではないけれど、このフレーズを歌うたびに勇気付けられたことは確かですね。
 今度の「百滝桜」は人に支えられて育てられてきたーが心に沁みるところですね。

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散って、また花をつける そんな桜のように逞しく咲いてほしい

髙畠 コロナに負けてなるものか。しっかりと咲いていかなければいけない。これは桜も木下結子も同じなんです。
木下 また来年も咲きたい。咲かせて下さい、ですよね。
髙畠 そう、そこが今回の歌の主題なんです。百滝桜を大事に大事に育てていきたい。来年も再来年も咲いてくれる。そこを書きました。
木下 今から5、6年前に大阪を大きな台風が襲ったんです。それによって百滝桜は痛み、弱々しい樹になってしまいました。それに手を加える事で、今年もしっかりと咲いていました。夏は葉桜が綺麗ですよ。

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髙畠 散ってまた、花をつける。花のない時には咲く準備をしているし、循環なんです。
木下 もうすぐ新曲の発売ですが、来春にはまた花を咲かせます。
髙畠 木下結子の「百滝桜」、1人でも多くの人に聴いていただきたいですね。
木下 今年12月11日には先生が詞を提供されているチェウニさん、レイジュさんと私の3人で、「スリーダイヤモンズ Xmas コンサート」を東京・麹町のホテルルポール麹町で開きます。それも楽しみにしていて下さい。



【プロフィール】
髙畠じゅん子(作詞家)
静岡県静岡市出身。石井好子主催のシャンソンコンクール作詞部門で優勝し、それをきっかけに作詞家への道を歩きはじめる。作詞家デビュー曲は「さようなら幸せに」(作曲・中川博之、歌・森雄二とサザンクロス、1975年)夫は作曲家の故中川博之。2人で数多くのムード歌謡曲を手がけてきている。
日本作詩大賞入賞4回。日本作詩家協会事。

木下結子(歌手)
大阪府泉佐野市出身。
OL生活やCMソングなどを歌う活動を経て、レコード会社に送ったデモテープがきっかけで、1984年「放されて」(日本コロムビア)でデビュー。89年には「ノラ」を発売。2012年に出した「ウヰスキー」(日本クラウン)から髙畠じゅん子作品を歌い始める。18年には「おはじき」(同)が日本作詩大賞にノミネートされた。

※写真・記事の無断使用はお断りします。


[木下結子 オフィシャルサイト]
https://xn--ameblo-hp7i091gvuxvd3c.jp/kinoshitayuiko/entrylist.html
[木下結子 ホリデージャパン]
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木下結子と作詞家髙畠じゅん子との出会い  木下結子・髙畠じゅん子 YouTube対談 Vol.2 [インタビュー]

◆歌手の木下結子が作詞家髙畠じゅん子にインタビューする第2回目は、歌手としてのあり方、歌の演じ方といった核心に迫る内容になってきた。多くの歌好きの人たちを魅了する彼女だが、実は表現することへの悩みも多い事も分かってきた。2人の話は木下と髙畠の出会いから、様々な作品への想いに及ぶ。

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2人の出会いから歌の表現まで話は広がった
木下結子(左)と髙畠じゅん子


木下 私が髙畠先生と最初にお会いさせて頂いたのは、もう14、5年前になりますね。
髙畠 そんなになりますかね。確か私の知人に紹介されたのが最初でしたね。
木下 その時、私が何を歌っているのかご存知でしたか。
髙畠 「ノラ」を歌われた人だなぁ、と思いました。

木下 この曲には色々とエピソードがありまして、最初は「野良」という漢字でタイトルを書いていたんですね。でも、イントロがオシャレなピアノの音で始まることから、カタカナの方がいいという事になったんです。
しかも私が着物よりも洋服が似合う顔立ちだった事や、作品がニュー演歌といった位置付けだったこともカタカナになった大きな要因だったようです。

■「ウヰスキー」について

木下 先生に最初に書いてもらったのは「ウヰスキー」でした。人生ってやり直しが効くのよ、といった新しく出直しの曲だと思いました。
髙畠 あなたが大阪へ帰って何年も経っていた頃で、CDも何年も出していなかったですね。
木下 あの頃、先生からまだCDを出す気はありますか、と訊かれました。やる気はありますが、「経済的にはしんどいです」と答えたことを覚えています。
髙畠 経済面よりまずはやる気があるか、が肝心でした。そこをあの時、確認させてもらったんですよ。

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人生いつでも出直しが効くをモットーに歌い続ける木下結子

木下 その後、「いとしいあんちくしょう」私の作品では初めてご当地をタイトルに入れた「盛岡ロマンス」を書いてもらいました。
 東日本大震災の後、先生は義援金を手渡しに行かれた際に立ち寄ったという盛岡の町を見て、あまりの綺麗さに思わずメモを取って、詞を書いたとおっしゃていました。
 1年も経たずに次の作品、小田純平先生作曲の「愛は海」をもらいました。さらに「マリーゴールドの恋」と、立て続けに頂きました。今、それをステージで1曲1曲続けて歌うと、お客さんから〈ええ歌多いやん〉と言ってもらえます。
髙畠 それは嬉しい事ですよね。

■主人公をどう演じるか

木下 作詞家さんって、歌い手さんを思い浮かべて書かれる場合と、思い浮かんだ詞を書き溜めておく場合があると思いますが、先生はどちらですか。
髙畠 両方ですね。でも、木下結子という個人に焦点を当てて書くことは多いですね。作曲の先生や制作スタッフと話し合って作り上げていく事もありますね。
木下 先生の作品は、私にとって経験のない事が結構多いので、どうやって主人公を演じようか、悩む事も多いです。
髙畠 経験があるとかないとかよりも、演じ方を考える事が歌い手のお仕事なんですよ。品よく格好良く演じてもらえるといい。
木下 解らない言葉を調べたりしますが、女性から見て格好良く、憧れてしまう詞が多いですね。綺麗くて格好いい女性の主人公が多いです。
髙畠 独りで生きている、貴方の力は借りなくていいわーといった強い女性の姿が、行間に出ているようですね。

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いつまでも華のある人生をと言う髙畠じゅん子

木下 私自身にはそういうところがないので、すがっていくタイプなんです(笑)
髙畠 ドラマは真っ白なところに自分なりの想いを描いていけば、人に好感を与えることになります。押し付けがましくなく、ちょっと突っぱねてみるとかすることで、受け取り側はそれに様々に感じるわけで、そういった歌い方でいいと思います。
木下 すごく勉強しないと歌えない感じがします。出来るのかしら。

■還暦後の木下結子

木下 還暦を迎え、さらにコロナの世の中になった上に、自身の気持ちの葛藤もあってレコード会社も変わりましたが、そんな事から先生とまた、お仕事が出来るという楽しみが生まれました。

髙畠 木下結子という歌い手を間近で見ていて、60歳を超えて、今まで背負ってきたものがポンと脱げたように思います。最近、とってもいい感じになってきましたよ。
木下 男性にはあまり、そういう事は言われないんですけどね(笑)
髙畠 男性に縁があるないは、また別じゃないんですか。そんなふうに考えないで、華のある人生を送らないといけないですよ。
木下 ありがとうございます。次回は新たなお知らせが出来ると思います。どうぞお楽しみに。

※写真・記事の無断使用はお断りします。










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レーモンド松屋、新曲「四万十青春ストーリー」 原点回帰した男の切ない恋物語り [インタビュー]

レーモンド松屋(ユニバーサルミュージック)が約1年ぶりにニューシングル「四万十青春ストーリー」を2022年9月7日にリリースしている。デビューシングルとなった「安芸灘の風」(10年)への原点回帰であり、かって小さなライブを繰り返していた四万十市やその周辺のショッピングセンターで耳を傾けてくれた人たちへ感謝の気持ちを示すものでもある。

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自身の原点・四万十を歌うレーモンド松屋


 レーモンド松屋はメジャーデビューする以前の10数年間、地元愛媛県をはじめ中四国各地のショッピングセンターなどで頻繁にミニライブを行なっていた。
 高知市から四国地方の南西部を経由して松山市に至る国道56号線上にある四万十市へも何度となく通い、オリジナル曲、昭和の名曲やオールディーズなどを1回1時間から2時間をかけて歌ってきた。彼が〈吟遊詩人〉と言われる由縁も、ここらあたりに端を発するのであろう。
 それだけにそこは「心のふるさと」と呼ぶにふさわしい、忘れられない土地になっている。

 「四万十青春ストーリー」には第3セクターのくろしお鉄道中村線、国道56号線、秋の大祭では流鏑馬も行われるという高岡神社、四万十川に架かる赤鉄橋、そして日本一の清流と称えられる四万十川の霧といった具合に、いずれも四万十のシンボルが登場する。
 そうした場所をミュージックビデオでは紹介しているが、スタッフを車の助手席に乗せて撮影した。その映像は、四万十の魅力を旅情感たっぷりに伝えている。

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「四万十青春ストーリー」

 自らが作詞・作曲・編曲を手がけた。70〜60代に好きな人が多いというフォーク・ロック・歌謡曲の要素を取り入れた。
「歌うには少し難しいアップビートな曲調ですが、切ない男心も感じてもらえ、歌詞をかみしめると映像も浮かんできます。『安芸灘の風』など初期の作品への原点回帰でもありますが、新たな要素を盛り込みました」

■陽水がシンガーソングライターの原点

 シンガーソングライターのレーモンドの体の中には、常に昭和歌謡のリズムとそれによって描き出されるドラマが棲みついている。彼の楽曲の多くが同世代からの支持を得ている要因でもある。
 ハードロックなビートだけど、歌の世界は昭和歌謡・演歌なのである。
「春日八郎、三橋美智也、美空ひばりなど昭和を代表する歌手たちの歌もまた、ロック、ジャズなど格好いい洋楽の要素を含んでいました」

 そんなシンガーソングライターの原点ともなったフォークソングをカバーしたのが、「四万十 ー」と同時発売した5枚目のアルバム「歌謡クラシックスV〜僕たちの青春フォークソング〜」である。
 全16曲を自らが編曲して収録している。うち「終(つい)の住処(すみか)」など3曲は新曲。収録曲の大半は自身の作詞・作曲・編曲の作品だが、セルフカバーのほか井上陽水の「心もよう」りりぃの「私は泣いています」なども含まれている。

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「歌謡クラシックスV〜僕たちの青春フォークソング〜」

 「心もよう」はレーモンドにとっては忘れられない大切な1曲である。「この作品に出合っていなければ、シンガーソングライターになっていなかった」というほど、後々の曲作りに多大な影響を与えているからである。ハイトーンな声質も陽水に似ていることから、一時は陽水かと見紛う人たちもいたほどであるという。

■氷川きよしに3年連続楽曲提供

 3年近くにもなるコロナ下でも、レーモンドは数多くの昨日を作り続けていた。代表的なところでは、氷川きよし(日本コロムビア)に提供する楽曲を3曲制作している。
 コロナ下1年目の2020年にはアルバム「生々流転」に収録された「紅ドレス」、去年は同「南風吹けば」に「千年先までも」を提供。そして今年は6月に発売された同「氷川きよし オリジナル コレクション Vol.01〜演歌&歌謡曲の世界〜」に「夜のぬくもり」が収録されている。
 自身のオリジナル曲を作りながらの仕事であり、その人気ぶりと、多忙だったことがうかがえる。

 その合間を縫うように、50ccのバイクで瀬戸内沿いから背後にある石鎚山の麓まで、ゆっくりとツーリングを楽しむゆとりは、海辺に立てば遠くは今治や来島海峡の大島までもが見える四国に住み続けるからこそ出来るぜい沢でもある。

 12月9日には東京都台東区の浅草花劇場で、「レーモンド松屋 東京ライブ2022」を開く。新曲「四万十青春ストーリー」のほか、ニューアルバム「歌謡クラシックスV〜僕たちの青春フォークソング」の収録曲などを歌う。

※写真・記事の無断使用はお断りします。


[レーモンド松屋 オフィシャルサイト]
http://raymondm.com/
[レーモンド松屋 ユニバーサルミュージック]
https://www.universal-music.co.jp/raymond-matsuya/








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瀬口侑希、好調スタートした「誘惑のスキャンダル」 心地よいリズム 11月にはコンサートも [インタビュー]

◆日本クラウンの歌手、瀬口侑希が2022年8月24日に出した新曲「誘惑のスキャンダル」が好評である。9月5日付けオリコン週間ランキングでは初登場2位(演歌・歌謡曲部門)で、サウンドスキャンジャパンでも初登場2位にランキングされた。洋楽のようなおしゃれ感あるタンゴ調のリズムが心地よく、聴く人を魅了しているようだという。11月に東京で単独コンサートも予定している。

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瀬口侑希


 シングル30作目になる「誘惑のスキャンダル」は、評判が高かった前作「運命の悪戯」の続編として制作された。今作はかず翼に作詞を依頼、作曲は徳久広司である。
 どこか「スリリングなタイトル」という瀬口侑希は、秘密にしなけれはいけない甘い恋に酔いしれる女性の揺れる心を、セクシーに憂いを込めながらも軽快に歌って、「リズムにのって体を動かしなが歌ったり、聴いてもらえるといいです」と話す。

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「誘惑のスキャンダル」

 衣装は前作に続いてドレス。今回は切ない心のうちを表すように、憂のあるワインレッドである。靴をはじめ口紅、ネイルカラーも全て同系色で統一した。視線を感じるジャケット写真もお気に入りのワンショットである。

 カップリングの「ジョージ」(作詞・かず翼、作曲・徳久広司)は、ジャズティストなおしゃれ感あふれる1曲。「レコーディングはライブ感覚のセッション形式で行った」といい、表題曲の「誘惑のスキャンダル」とともに大人の歌謡曲で、「雰囲気を楽しみながら、聴いてもらえるといいです」と、瀬口。

 5月からはBS12チャンネルで「瀬口侑希のホットミュージック」をスタートさせている。毎週水曜日午前4時30分からの30分番組で、ゲストを招いて新曲を届けるといった内容。自身の「誘惑のスキャンダル」をも後押ししている。

 長らくコロナで活動が制限されていたが、去年9月からは東京でコンサートを再開させている。今年も11月4日に、東京都北区の北とぴあ つつじホールで、作・編曲家の若草恵のピアノによる生バンドで「瀬口侑希コンサート2022〜今あなたに逢いたい〜」を行う。

 ゲストに六本木ヒロシを迎え、長編歌謡浪曲「瞼の母」の歌謡劇を盛り込む。股旅姿の忠太郎を瀬口が演じ、母親役を六本木が扮するという。去年のコンサートから芝居を取り入れているが、歌以外にも見どころいっぱいのコンサートになりそうである。




 来年には、「八尾しぐれ」以来、沢山のファンを作ってきた富山市内でもコンサートを予定しているし、「地元神戸でも私の足跡を見てもらえる内容のものを行いたいですね」と、意欲をみせる。

※記事・写真の無断使用はお断りします。


[瀬口侑希 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/seguchiYuki/top.html
[瀬口侑希 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/seguchi/news?ima=0943








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木下結子、デビュー38年を語る 作詞家髙畠じゅん子と対談 Vol.1 [インタビュー]

◆9月21日が38回目のデビュー記念日である歌手木下結子が、2022年のその日に新曲「百滝桜(ももたきざくら)」(作詞・髙畠じゅん子、作曲・都志見隆、編曲・猪股義周)をホリデージャパンから発売する。表題曲の「百滝桜」は木下の出身地の近く、大阪・和泉市にある樹齢100年を超える大阪府の天然記念物にも指定されている「若樫の百滝桜」を歌ったものである。これを作詞した髙畠と木下の対談がこのほど、大阪市内で行われた。その模様を3回に分けて「Music news jp」同YouTubeチャンネルでお届けする。

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作詞家髙畠じゅん子(右)と木下結子が初対談


 この楽曲の作詞を担当した髙畠は、木下が2012年に日本クラウンから出した「ウヰスキー」の作詞をして、以来、彼女の作品を書き続けている。

木下 作品を書いてもらうようになって10年ににりますが、それまでに5年近くのお付き合いがありますね。先生が作詞家の世界に入られてどれくらいになられるのでしょうか。

髙畠 音楽の世界に入って40数年になります。作詞家としてのデビューするきっかけはシャンソン歌手の石井好子さんが募集されていた作詞部門で優勝したのがきっかけでした。この時に書いたのは、歌謡曲詞でしたね。
 その後、先ごろ亡くなられた松平直樹さんから頼まれて書いたのが、「さようなら幸せに」(1975年)でした。これは中川博之先生が曲を付けて、森雄二とサザンクロスが歌いました。ムード歌謡の作詞家としてのスタートでした。

木下 私は先生が書かれた「足手まとい」(作詞・髙畠じゅん子、作曲・中川博之、1977年)を良く口ずさんでいました。その楽曲が先生の存在を知るきっかけになりました。

髙畠 貴女が歌手になるきっかけはなんだったのですか。

木下 近所の商店街で開かれていたのど自慢などで歌うようになったのが、最初だったと思います。それから泉佐野市内にあったレコード店に通ってレコードを買うようになりました。ミズキ演歌堂というその店の社長さんは関西レコード商業組合の重鎮で、私が歌が好きで、あちこちで歌っていた事を知っていたこともあって、「デモテープを作って売り込んでみようか」と言ってくれたんです。サラリーマンだった三門忠司さんを歌手デビューさせた実績がありましたから、私にも声がかかったんです。

髙畠 このころレコード店と言えば、メーカーに物を言える力を持っていましたからね。それがきっかけで日本コロムビアに入ったんですよね。

木下 レコードメーカーに持ち込んで3社目で決まったと思います。大阪ローカルで売り出すというこで、大阪を舞台にした「放されて」というデビュー曲をもらったんです。

髙畠 でも名門のコロムビアですからすごいですよ。

木下 最初は信じられなかったですね。会社の第1制作という部門には美空ひばりさんや都はるみさんなど錚々たる顔ぶれの大先輩方がいっぱいいらっしゃるんですから。24歳になっていました。こんなことってあるのかなぁ、と思いましたが、とにかくがむしゃらに頑張りました。
 すると大阪ローカル発売だったのを全国発売に変更されることになり、しかも所属事務所はサンミュージックに決まりました。あれよあれよという間の出来事でした。

髙畠 トントン拍子に進むたびに、そのチャンスをきちんと掴んでいったところが立派ですよ。サンミュージックといえば、当時はとても強い事務所でしたからね。

木下 東京での活動は8年ほどで、その後大阪に戻ってきました。(僅かな期間でしたが)そこでの体験が、大阪で1人で活動する際に大いに役立ちました。今、それをつくづく思います。沢山の人に動いてもらわないと、1人では何も出来ないという事です。
 先生との出会いもファンの方からの紹介でしたから。その辺は次回に。

 木下結子のホリデージャパン移籍第2弾の「百滝桜」は、2022年9月21日に発売される。この日、大阪・心斎橋で開かれる大阪発流行歌ライブに出演が決まっており、これを披露することになっている。

 「百滝桜」のカップリング曲は「アカマンマ」 (作詞・髙畠じゅん子、作曲・都志見隆、編曲・猪股義周)で、やはり高畠が作詞をしている。♫ あなたの居場所で 咲きなさい 〜 と、娘に向ける母親の愛を歌った涙を誘う佳作。
 スペシャルトラックとして、「ステージではしばしば歌ってきた」(木下)という、やしきたかじんの「東京」 (作詞・及川眠子、作曲・川上明彦、編曲・牧野三朗)をアレンジを変えてカバー収録している。よりスマートになった「東京」は必聴である。

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川野夏美、「空席」 大人のラブソング ワクワクして歌う新たな歌世界 [インタビュー]

◆皆さんしみじみと聴き入ってくれていますー。川野夏美(日本クラウン)が2022年6月に発売した「空席」を聴いた人たちの反応である。部屋も引き払って一緒に旅立とう、と一大決心をして空港へやって来たけれど、隣の席は空いたまま。貴方は最後の最後になって背中を向けた。切ない涙を流しながら、主人公の女性は離陸と共に別離の覚悟を決める。作詞は本橋夏蘭、作曲は杉本眞人である。

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新曲の「空席」はロングヒットの兆しも


 今までにもドラマチックな悲しい恋の数々を歌ってきた川野夏美が表す、新たな恋物語である。歌の後半の歌詞、♫ 涙ひとすじ テイク・オフ 〜 女性が愛を捨て、旅へ飛び立つ瞬間であり、この歌の内容を最も良く物語っている。
 聴く人たちの心のうちが最大に盛り上がるところでもあろう。

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 やっぱりと苦笑いして搭乗口をくぐっていく主人公、川野は「引き返さずに飛行機に乗ってしまうのには共感します。でも彼のことは大好きだったと思いますよ」と話す。作詞の本橋が女性の心理を巧みに表現する。

 まるでテレビドラマを見ているかのように、聴くものを歌物語の中に引き込ませてくれる。だからであろう、6月8日に発売されて今なおオリコン演歌・歌謡曲チャートでは13位(9月5日付け)にランキングされている。

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大阪発流行歌ライブで歌う川野夏美

 川野が主人公に共感するのと同じように、聴く人たちもまた同じように共感を示し、自らも歌うからであろう。
 「歌の世界観を想像して貰えるように歌っています。楽しんで聴いてもらえると嬉しいです」と川野。

ギターに挑戦中

 彼女がコロナ下で新たに始めた事がある。コロナ以前から「チャレンジしてみたい」と考えていたのであるが、ある日思い切って町のギター教室に飛び込んだという。
仕事で出かける時も必ずギターは欠かさず、楽屋でも弾いている。
 「毎日、触っていると小さな変化があるようで、周りの人たちが良くなったね、なんて言ってくれるのが嬉しいです。大人になって新しいことを始めるのは楽しいし、やりたい事は直ぐにでも取りかかるようにしています」

 10月16日には東京・江東区の江東公会堂(ティアラこうとう)で、「川野夏美コンサート2022」も開く。
 もしかするとギターの弾き語りも聴けるかもしれない。

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[川野夏美 オフィシャルサイト]
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[川野夏美 日本クラウン]
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真木ことみ、来年2月にはデビュー30周年を記念して夢の大阪コンサートを開催  記念曲「くれないの糸」も好評 [インタビュー]

◆デビュー30年目を迎えている歌手真木ことみ(日本クラウン)が、大阪で初めて単独の記念コンサートを2023年2月8日に大阪国際交流センター大ホール(大阪市天王寺区)で開く。デビューしてから最も多く訪れているという大阪であるが、「いつか開きたかった夢のコンサート」に新曲「くれないの糸」と共に胸を躍らせている。

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デビュー30年目の真木ことみ


 真木ことみは1993年に「橋」でデビューし以来、新曲をリリースする度に大阪でのキャンペーンを欠かさないが、「大阪はデビューしてから1番来ている土地です」といい、デビュー当時は夜キャンペーンも頻繁に行っている。
 「スナックなどを1日7〜8ヶ所を回るのですが、終わるのは夜の12時を過ぎることもあって、眠くて訪ねた先では倒れそうになったこともありました。宿泊先のホテルでは出発時間に目が覚めた事も」

 そんな思い出いっぱいの大阪だけに、単独コンサートを開くのは長年の念願であった。30年の間には全国70ヶ所でコンサートを開いてきたが、不思議と開催地に大阪はなかったのである。
 コンサートは開催まであと5ヶ月後に迫ったが、今は歌う楽曲選びを楽しんでいるという。

 ひと足早く2022年8月11日には、東京・池袋で30周年記念ディナーショーを開いているが、真木のデビュー当時から応援団長である元プロ野球選手で読売ジャイアンツの中畑清も来演、デュエットも披露している。

 真木は8月3日に30周年記念曲「くれないの糸」(作詞・朝比奈京仔、作曲・弦哲也)を出している。前作の「天の糸」(同)から続く〈糸シリーズ〉である。

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好評な「くれないの糸」

 一途な恋への想いの深さを紅という色で表現しており、主人公になり切って切々と歌う。聴き応えたっぷりな作品で「ことみちゃんにピッタリな作品」という評価も聞かれる。
 真木自身も「今まで全ての楽曲で丁寧に歌うことを心がけてきましたが、この作品ほど歌い方に気を配っている作品はありません」

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大阪発流行歌ライブで熱唱する真木ことまみ

 それが「ゆったりと歌える余裕を生み出して、きめ細やかな表現につながっている」のであって、真木の作品に向ける真摯な気持ちがより良く現れているようである。

 この作品で更なるステップを目指したい真木がいう「他人と比べる事なく、自分のペースで歩んでいきたいです。歌手としてはやはり、曲をヒットさせるのが1番ですが、皆さんに楽しんで喜んでもらい、また聴きたいと思ってもらえるように心がけたい」は、デビュー当時と変わりない。

※写真・記事の無断使用はお断りします。




[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://www.makikotomi.com/
[真木ことみ 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/maki/news?ima=3519







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湯原昌幸、人生の生き様が一筋の光が差すよに散りばめられた 聴けば聴くほど味わいある 「何もない手のひらは」 [インタビュー]

◆聴けば聴くほどに味わい深いー。湯原昌幸(テイチクエンタテインメント)が2022年7月に出した「何もない手のひらは」は今、評価がじわじわと高まっている。心の安らぎを感じさせるこの歌は、元気であった戦後の昭和時代を代表する1人である坂本九の世界が令和の今に蘇ったようでもある。

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湯原昌幸


 湯原の妻である歌手でタレントの荒木由美子は毎日のように、食事を作りながら「何もない手のひらは」を繰り返し聴いているという。新曲が出た時のいつもの光景であるのだが、今回ばかりは少し様子が違う。
 「最初はそれほどでもなかったけれど、聴けば聴くほどに、心に沁み渡って、味わい深い歌に感じられる」というのである。

 湯原も「彼女の感想がいつも参考になるんです」と、彼女の耳に全幅の信頼を置く。

 同様にこうした評価は各方面から聴こえてくる。派手さはない楽曲であるが、人の生き様が散りばめられた歌詞は、聴くものの心を打つし、メロディーがさらにそれを倍加させている。
 多くの人の琴線に触れたのであろう。作詞は田久保真見、作曲は田尾雅実である。♫ 何もない手のひらは 何かをつかめる 〜 そして♫ ふと繋げばふたりになる〜

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 湯原は今まで「等身大のリアルな瞬間瞬間を切り取って歌を歌ってきた」というが、今作ではほのぼのとして伸びやかな世界観を表現した「人生の生き様を散りばめた歌」というように、これがとりわけ、同世代の人たちの心を捉えているようなのである。

 再来年には77歳になり、喜寿を迎えることになる。「いつまで歌えるかは分からないが、当分はこの作品を歌い続けたい」と言い、今だから表現できるこの味わいは、きっと彼の代表曲にもなるだろうと期待を寄せる向きも少なくはない。
 しかも湯原の「楽曲との巡り合いが歌手人生の寿命を決めることになる」といった持論からすると、彼の場合は優に80歳を超えそうな気配でもある。

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坂本九ワールドに迫る湯原昌幸

 「当初は坂本九さんの楽曲のリメイクも考えたんですが、それではあまりに能がないし、九さんの作品をベースに、坂本九ワールドの新しい作品を作ることにしました」
 「九さんがいた頃の昭和は明るくて誰もが前向きで、社会は右肩上がりでした。そのパワーを元気のない令和の今に注入したい」

 日本が元気で躍動感があった戦後の昭和時代。映画も歌謡曲も輝いていた。そんな元気を、振り返るだけではなく体現してみたい、そうした想いが感じられる作品のようだ。

 湯原は「難しい歌ではありません。ふと鼻歌に出てくるように、気軽に歌って、聴いてほしい歌です」と話している。

※写真・記事の無断使用はお断りします。




[湯原昌幸 オフィシャルサイト]
http://www.havmercy.co.jp/yuhara/pg80.html
[湯原昌幸 テイチクエンタテイメント]
https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/yuhara/








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大江裕、「すごいね」といわれる歌手に そんな願いをこめた「願い星」 9月には北島兄弟で新曲も [インタビュー]

◆久しぶりに会った歌手大江裕(日本クラウン)はすっきりとした体形になっていた。「デビュー当時の80キロ台に戻りました」というから20キロほどのダイエットである。油物は控えて野菜中心の食生活にした成果だという。新曲「願い星」(作詞/作曲・原譲二、編曲・遠山敦)のタイトルにある〈願い〉がダイエットであった訳ではない。閉塞感が漂う今の世の中だからこそ、「明るい未来に向かって歩いて行こうよ」という師匠で、これを作詞・作曲をした北島三郎の想い(願い)が込められた作品なのである。

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スリムになって夢を語る大江裕


 同じ事務所の北山たけしとの演歌デュオ北島兄弟のメンバーである大江裕は、新型コロナで外出を制限されたり、仕事がなく自宅にいる時間が増えたこの2年間は「(北山兄さんに)いつも電話をかけて、励まし合って過ごしてきました」という。こんな時だからこそ、今年2月に出した「願い星」が多くの人を励ます。

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 「夢を諦めてほしくないんです。必ずかなう時がくるからです。僕もさんまさんのテレビ番組に申し込んで出演出来たから、憧れの(北島)先生のもとで歌を歌うことができるようになったのですから」

 歌うことが好きだった大江が「歌手を仕事に出来た事はパッピーです。だからこそ、1曲1曲を感謝の気持ちを込めて歌っています」と話す。
 新曲は、夢を諦めないで前を向いて頑張っていこうよーと呼びかける応援歌なのである。コロナの時代という未体験の時間を過ごしてきたからこそ歌えるのかもしれない。

 「上京して19歳の時から1人住まいをはじめ、洗濯をしたり食事を作ったりと無我夢中でした。歌手になって観客の皆さんの前で歌えるのも当たり前だと思っていました。そうじゃないことをコロナで教えられました。こんなところから感謝の気持ちや負けてたまるか、といった気持ちが湧いてきました」

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 演歌だけに縛られることなく何でもチャレンジしたい、と新たな目標に向けて意欲を燃やす。「今は詞や曲を書いてみたりして、新たな自分を見出そうともしていますが、本筋を外すことなく他人がやらない事をやってみたい」

 北島兄弟では9月に久々に新曲を出すという。表題曲の「俺節」は、1992年に小林ひさしが日本クラウンから発売した同名曲のリメイク盤。
 「支えあって歩んでいこうといった、これも応援歌ですね」

 大江は「今の自分には〈凄いね〉と云われる楽曲がないんです。歌い出しで人を感動させ、人の心を震わせることが出来る先生のような歌手を目指してチャレンジしたい」と大きな夢を持つ。
 もちろん「女手一つで育ててくれた母親を幸せにしてあげたい」のが1番であるのは言うまでもないのであるが。



※写真・記事の無断使用はお断りします。


[大江裕 オフィシャルサイト]
http://www.kitajima-music.co.jp/yutaka/
[大江裕 日本クラウン]
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/artist/ohe/news?ima=3205








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