吉幾三は、去年、歌手デビュー45年をきっかけに1年間仕事を休んでヨーロッパ、アフリカ、アメリカなど世界を旅して、行く先々で現地の音楽に触れている。新歌舞伎座・吉幾三特別公演の2部、歌謡ショー「吉幾三オン・ステージ」のテーマは、その旅行に合わせたかのように<ジャンルを超えて・・・世界の旅唄>である。
その見せ場は、7ヶ国の歌の曲間で15秒〜20秒という短い時間で、それぞれの国の民族衣装への早替えである。中国は李香蘭の「再見」を歌うし、アメリカは半裸になってハワイの民族衣装を身に着けるーなどといった具合である。
「洒落で書いたもので、声も3年前のものです。放送局の人に車の中で聴かせたところ、事故を起こしそうになるほどに笑って、大受けした」と吉。
レコード会社は当然、これを発売しようということになるが、吉は「オレは演歌・歌謡曲の歌手だぞ」と難色を示したという。しかしレコード会社も黙ってはいない。そこで「配信だけ」という条件で承諾すことに。そして19年10月末には、ようやくCD化にこぎつけている。
話題の1曲であるが、演歌が大好きな吉にとっては、今年5月にリリースした「人生(みち)」を大事に歌いたいところ。しかも「歌えと言っても二度と歌えない。(携帯は)ガラケーじゃないけれど、やり方(聴き方)も分からないので」と、オン・ステージでは歌うことはなさそうである。
「あの歌は難しいんですよ。ラップ調で書いたので、知らない言葉もあるし、結構長い歌でもあるので、プロンプターでもないと歌うのは無理だし。歌うとなるとPVのような格好しないといけないし、それは嫌だし。着物着て細川たかしと肩並べたいし、だから歌うことはないと思います」
演歌・歌謡曲歌手からは絶対外れたくない、という吉は、前のインタビューでも何度も歌わないと断言していた。
■私淑する藤山寛美に迫る!?
吉幾三の14年ぶりの新歌舞伎座での座長公演は、約1年間に渡って行われてきた新歌舞伎座開場60周年記念公演のフィナーレを飾るものである。
前の新歌舞伎座の座長公演では、現場作業や工場作業向けの作業服・関連用品専門チェーン店のCMソングを歌っている時で、記憶喪失になった作業員をニッカポッカを着て演じたという。
1部の芝居「どたばた遊侠伝 時代おくれのの竜」は、時代が明治初頭。時代劇と現代劇が入り混じった頃である。
舞台は大阪。津軽弁の吉の台詞には、大阪弁が入る。
「方言指導もありますが、僕のデビューは大阪でしたので、何日も大阪のホテルに宿泊して、キャンペーンで色んな所へ行きました。ある日はどこにも海はない奈良の山奥へ行って、船外機の歌を歌った経験もあります。ですからそこそこの大阪弁は、100パーセント大丈夫」と、自信を見せる。
彼の歌手デビューは1972(昭和47)年。ヤンマーディーゼルの船外機(エンジン)のコマーシャルソング「恋人は君ひとり」(日本クラウン)がデビュー曲だった。当時の芸名は山岡英二。ヤンマーの当時の社長の苗字をもらい、名前はエンジンをもじった。
ところが台詞を覚えるのは苦手なようである。
「60を過ぎるとね、次々と忘れて行くんですよ。この間はNHKの収録で、プロンプターを使ったのに『雪國』を間違えたんですよ。自分が作った歌だから良いだろうと言ったんですが、結局、歌い直しました」
と周りを笑わせるほどである。
「芝居で一番大切なのは間ですね」
それを学んだのは、テレビで見た松竹新喜劇の藤山寛美の舞台だったという。今もDVDで繰り返し勉強している。
公演は12月18日まで。吉の次女で女優の寿三美も出演する。
[吉幾三 オフィシャルサイト]
https://441930.jp/
[吉幾三 大阪・新歌舞伎座]
https://www.shinkabukiza.co.jp/perf_info/20191201.html
[吉幾三 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/yoshi.html