カレン(ビクターエンタテインメント)、CD販売5000枚目指して関西武者修行続行を宣言! 涙の100日間報告 [イベント]
◆関西100日間武者修行を行っていた現役女子高校生演歌歌手のカレンが、2011年8月7日、大阪市天王寺区のキューズモール3階のスカイコートで、ファイナルイベントを開催した。期間中の販売目標の5000枚は達成できず、今後、未達分1562枚の販売を目指して、修業を続けるとファンの前で涙の宣言。期間中には東京への新幹線の片道切符を財布に忍ばせていたり、機械的に歌っている自分がいたことなどを明かし、そうした中途半端な気持ちが目標達成に至らなかった原因と、涙ながらに反省していた。当初、達成できなかった場合に改名するといっていたが、武者修業を継続するということで、<カレン>の名前は継続して使用する。
涙の続行宣言をするカレン = 写真・左
4月20日にスタートした関西100間武者修行。期間中に新曲「大阪恋うた」のCDを関西で5000枚販売すると同時に、関西のおばちゃん500人と友だちになるのが目標で、達成できない
場合には「改名します」と誓っていた。
写真・右=結果発表前のカレン
期間中にはエリア内のCDショップ、カラオケ喫茶店などで繰り返しキャンペーンを展開し、CDを販売するとともに、専用の携帯アドレスを公開しておばちゃんから友だち<メル友>申請を受け付けてきた。
途中、2回の経過報告会が開かれてきたが、最終報告会として催されたのが今回のファイナルイベントだった。
最新曲の「大阪恋うた」とカップリングの「演歌なんか歌えない」などを歌い終わったところで報告された数字は、販売枚数3438枚、友だちの数584人。
友だちは目標をクリアしたものの、販売枚数は下回った。
カレンは「みなさん本当にありがとうございました。目標には届かなかったものの、買って頂いたCD1枚1枚は、皆さんの応援だと思っています。これが今の私の実力かもしれません」と、朝10時から待機していたという熱烈なファンなど、詰めかけた人たちに頭を下げた。
そして「これから息の長い演歌歌手として生きていくためにも、5000枚を売り切るまで大阪にいて、もう一度頑張る時間を与えてください。応援してくれますか? 見捨てないでくれますか?」と、<居残り武者修行>を申し出ると、ファンからは「がんばれ~」「任せとけ!」「大阪のおばちゃんがついてるで~」などといった声援が飛んでいた。
またカレンは、100日間の武者修行中に挑んだきっかけを「将来、大阪の芸人になりたい、と言ったことから始まった」といい、目標の数字も「(これくらいは)行くんじゃないか」と、軽い気持ちがあったことを打ち明けた。
しかし、実際に来てみると、財布を開けてもらうのは厳しく、思うように売れないことに気づいた。
そのうちに、キャンペーンの日数を重ねるに従って、自分の気持ちにも変化が生じてきたという。
「何度も東京へ帰ろうと思って、東京への片道切符はいつも財布の中に入れていました。しかも、いつも同じ歌を歌って、ただ場所が変わるだけで、CDがどうしたら売れるかよりも機械的に歌っている自分がいるだけのの毎日でした」
そんなカレンに周りのスタッフも気をつかい、少しずつ遠ざかっていく様子がわかったという。
ある日、彼女は思い切って「東京へ帰る」と、母に電話をかけたのだ。
高校を卒業なんてしなくてもいい、予定が入っている次の仕事もどうでもいい、ファンからは昔女子高生演歌歌手がいたな―と思い出してもらえるだけでいい、などといった想いを打ち明けたのだ。
しかし母親は「何も言ってくれなくて、電話を切られてしまいました」
改名せずに武者修行を続けることになったが、予定されていた改名後の名前を掲げるスタッフ
その母親の厳しい対応が、カレンを奮起させたことは間違いない。
インディーズの演歌歌手だった母の帰りを家で待っていた幼い頃や、ストリートで歌ってCDを販売したこと、いじめられた時のことなどが、頭を駆け巡ってきたという。
そんな時、「きっと、いつか演歌歌手になって歌ってやるぞー」と、いつも心に刻みつけて、踏ん張ってきた。
それを彼女は、その時、思い出したはずだ。
そして<諦めなければ、夢はかなう!>と、多くの人たちが言っている言葉も。
ファイナルイベントは、最後に「大阪恋うた」を客席を回りながら歌った。すると、どこからともなく<アンコール>の掛け声が起こり、手拍子の中、再び同曲を聴かせて終わった。
涙をこらえて実績表の前でポーズ
突然の<居残り武者修行>宣言に、スタッフは、学校の問題など、解決しなければならない問題に突然直面して大慌てで、これからのスケジュール練り直しに
[カレン オフィシャルブログ]
http://ameblo.jp/karen-nikki/
涙の続行宣言をするカレン = 写真・左
4月20日にスタートした関西100間武者修行。期間中に新曲「大阪恋うた」のCDを関西で5000枚販売すると同時に、関西のおばちゃん500人と友だちになるのが目標で、達成できない
場合には「改名します」と誓っていた。
写真・右=結果発表前のカレン
期間中にはエリア内のCDショップ、カラオケ喫茶店などで繰り返しキャンペーンを展開し、CDを販売するとともに、専用の携帯アドレスを公開しておばちゃんから友だち<メル友>申請を受け付けてきた。
途中、2回の経過報告会が開かれてきたが、最終報告会として催されたのが今回のファイナルイベントだった。
最新曲の「大阪恋うた」とカップリングの「演歌なんか歌えない」などを歌い終わったところで報告された数字は、販売枚数3438枚、友だちの数584人。
友だちは目標をクリアしたものの、販売枚数は下回った。
結果発表前に歌唱するカレン
カレンは「みなさん本当にありがとうございました。目標には届かなかったものの、買って頂いたCD1枚1枚は、皆さんの応援だと思っています。これが今の私の実力かもしれません」と、朝10時から待機していたという熱烈なファンなど、詰めかけた人たちに頭を下げた。
そして「これから息の長い演歌歌手として生きていくためにも、5000枚を売り切るまで大阪にいて、もう一度頑張る時間を与えてください。応援してくれますか? 見捨てないでくれますか?」と、<居残り武者修行>を申し出ると、ファンからは「がんばれ~」「任せとけ!」「大阪のおばちゃんがついてるで~」などといった声援が飛んでいた。
涙で報告するカレン(左)、その後の歌唱でも涙は止まらない(右)
東京へ帰りたい―母への電話
またカレンは、100日間の武者修行中に挑んだきっかけを「将来、大阪の芸人になりたい、と言ったことから始まった」といい、目標の数字も「(これくらいは)行くんじゃないか」と、軽い気持ちがあったことを打ち明けた。
しかし、実際に来てみると、財布を開けてもらうのは厳しく、思うように売れないことに気づいた。
そのうちに、キャンペーンの日数を重ねるに従って、自分の気持ちにも変化が生じてきたという。
「何度も東京へ帰ろうと思って、東京への片道切符はいつも財布の中に入れていました。しかも、いつも同じ歌を歌って、ただ場所が変わるだけで、CDがどうしたら売れるかよりも機械的に歌っている自分がいるだけのの毎日でした」
そんなカレンに周りのスタッフも気をつかい、少しずつ遠ざかっていく様子がわかったという。
ある日、彼女は思い切って「東京へ帰る」と、母に電話をかけたのだ。
高校を卒業なんてしなくてもいい、予定が入っている次の仕事もどうでもいい、ファンからは昔女子高生演歌歌手がいたな―と思い出してもらえるだけでいい、などといった想いを打ち明けたのだ。
しかし母親は「何も言ってくれなくて、電話を切られてしまいました」
改名せずに武者修行を続けることになったが、予定されていた改名後の名前を掲げるスタッフ
涙声で歌いながら客席を回るカレン = 写真・右 =
その母親の厳しい対応が、カレンを奮起させたことは間違いない。
インディーズの演歌歌手だった母の帰りを家で待っていた幼い頃や、ストリートで歌ってCDを販売したこと、いじめられた時のことなどが、頭を駆け巡ってきたという。
そんな時、「きっと、いつか演歌歌手になって歌ってやるぞー」と、いつも心に刻みつけて、踏ん張ってきた。
それを彼女は、その時、思い出したはずだ。
そして<諦めなければ、夢はかなう!>と、多くの人たちが言っている言葉も。
ファイナルイベントは、最後に「大阪恋うた」を客席を回りながら歌った。すると、どこからともなく<アンコール>の掛け声が起こり、手拍子の中、再び同曲を聴かせて終わった。
涙をこらえて実績表の前でポーズ
今後の対応に追われるスタッフ
突然の<居残り武者修行>宣言に、スタッフは、学校の問題など、解決しなければならない問題に突然直面して大慌てで、これからのスケジュール練り直しに
[カレン オフィシャルブログ]
http://ameblo.jp/karen-nikki/
2011-08-08 11:32
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